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航跡もイルカの群も夕焼ける

秋さやか

2020/08/16 Sun


    挨拶を交はして散歩秋さやか /むく

        (あいさつをかわしてさんぽ あきさやか)





 ひまわり (2019.08.13 山中湖村:山梨県)


  散歩と挨拶

 早朝なのに人によく出遇う秦野での散歩。
 歩く人も走る人も、少しでも涼しいうちにと思う気持は誰も同じようだ。
 日が昇ったかと思うと、もう貸農園で畑の手入れをしている人の姿も見掛ける。

 秦野に来てからは初めて、今朝はガンコちゃんと一緒に散歩に出た。
 丘の上の散策路を、寓居から2kmほど離れた震生湖という場所まで歩いた。
 震生湖のことはいずれ改めて紹介したいが、関東大震災によって出来た池なのでそういう名前が付けられた。

 「良い散歩道だけど人が多すぎ」と言うガンコちゃん。
 たしかに、山中湖と比べればすれ違う人の数が多い。
 山中湖と秦野とでは人口密度が違うのだから、当然のことではある。

 秦野の散策路には山中湖のような落葉松林はない。
 鹿に遇うこともまずあるまい。
 環境の違いは、そういうものだと思って違う環境に慣れるしかなかろう。

 いずれ彼女も慣れ、終には私など到底敵わないほど慣れ切るに違いない。
 男より女のほうが環境に対する順応性が高いというのが世間の相場だ。
 
 少し面食らっていることが、私にもある。
 それは、道で会う人があまり挨拶を返さない、ということである。

 山中湖の散歩道では、相手が見知らぬ人でも、「おはようございます」と挨拶すれば大抵おなじ返事が返ってきた。
 それが、秦野の散歩道では挨拶の返事が返って来ることが少ないのだ。
 なぜだろう?

 コロナ感染拡大防止のために、大抵の人はマスクを着けて歩いている。
 外して歩いていても、誰かとすれ違う前には大抵マスクを着ける。
 コロナ禍の中では見知らぬ人に挨拶などすべきではないのだろうか?
 だとしたら、声は出さずに会釈だけにするなど、考え直さなくてはならないが。
 しかし、それだけが理由ではなさそうに思える。

 挨拶は村住みの人ほどよく行い町住みの人ほど行わない、という傾向があるのではないか。
 ふとそんなことを思った。

 横須賀に住んでいたころのことを思い出してみた。
 よく海岸の防潮堤の道を歩いたが、そこでは私も行き交う人にいちいち挨拶はしなかった。
 散歩の人、ジョギングの人がひっきりなしに通る道だったから。
 横須賀でも、人の少ない場所だったり人の少ない早朝といった状況では、挨拶を交わすことが多かったように思う。

 そう考えてみると、私が違和感を感じていた理由が少し浮かび上がってきたように思える。
 人の少ない山中湖村での散歩に慣れ切った私が、人の多い秦野市での散歩の仕方にまだ適合していないことが違和感の原因になっているのではないか、と。

 山中湖村には、ところどころに「あいさつの径」と看板の立てられている場所があった。
 良いスローガンだと思った。
 村の子供たちはもともと挨拶が行き届いているので、このスローガンは主に別荘に来ている町住みの人たちに向けられているのではないか、と思えた。
 私が山中湖村で体験した限り、挨拶が返ってこない相手は村の人たちではなく、もっぱら別荘人(びと)であったから。

 秦野での散歩と朝の挨拶、これからどうなってゆくことやら。
 人には出来るだけ挨拶したい。
 挨拶して、「私は決してあなたに敵意など抱いていませんよ」と、態度で示したい。

 この私の話に、ガンコちゃんが面白いことを言った。
 かつてハーレーでツーリングをしていたころ、地方に行った時ほどよく挨拶を交わしたというのである。
 ゼスチャーによるライダー同士の挨拶である。
 北海道では特にそうだったし、アメリカを横断した時もそうだったと言う。
 「こんな遠くまで、頑張っているね」というエールの交換の意味も込められた挨拶だったようだ。



 富士新涼 (2019.08.13 秦野市:神奈川県)


 (2020年8月16日 秦野にて)


 ご訪問ありがとうございました。


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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

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No title

こんばんは(挨拶)

たしかに,都会から離れるほどよく挨拶をしてくれると思います。自転車で出かけると,田舎の小学生は怪しいかっこうをして自転車のオッサンに「こんにちは!」と言ってくれるのです。自転車で細い道を走るのは,地元に人にとって多少の迷惑かも知れないので,地元に人とすれ違う際には必ず挨拶することにしています。「おじゃまします」という意味でも。

いずれにしても,挨拶をすることは気持ちがいいですね。相手から返ってこなくても何か伝わったのではないかと思うことにしています。

ちなみに,自転車乗りどうしもすれちがうときによく挨拶を交わします。

挨拶

お引っ越し荷物はすっかり片付きましたか?
暑いときですから大変だったでしょう。
私の町(市に合併前)も1万に足りない小さな町なので子ども達はよく挨拶をしてくれます。中学生が挨拶をしてくれると、半分びっくりしながら嬉しいものです。
現在は足が悪いこともあって車庫で乗車すると、もう他人と会うことがないので挨拶から遠ざかっております。

私の町の広い公園(80㏊)で10年以上昔、ハーレーの全国大会?があったことがありますよ。全国からいろいろなタイプのバイクが集まり、県内の観光地でバルバル…のあの低音が響いてたことを
思い出しました!

FC2ブログ更新お疲れ様です。

朝散歩すると街場ほど挨拶をする人が少ない。記事を拝し、自分も同感の限りです。
ここで大事なのは挨拶をしたり、しなかったりするというアイデンティティの欠如だけは避けたいということです。シチュエーションに応じて述べますと、
A、街場で早朝散歩をする場合(但し、散歩の時間がサラリーマンの出勤時近くになると下記のことは当てはまり難くなると考えています。)
1、自分から挨拶をして、例え先方から挨拶が返ってこなくても気にしない姿勢を貫く。
2、するしないに関わらず、自分は自分、人は人と割り切る。
必然的にドライな人間関係が展開される。

Bローカルな土地柄で散歩をする場合
1、挨拶は人情の現れゆえ、挨拶したほうが断然いい。
2、都会に比べて顔なじみになるケースが断然多い。
このような理由で必然的に住民の多くが礼儀正しくなる。

自分は仕事の都合で、転勤や出張で街場やローカルな土地柄でよく早朝散歩をしましたが、このような心理が働くかたが多いのではないでしょうか?

挨拶の真の在り方を考える際、挨拶は「私とあなたは対等な立場ですよ」という意思表示そのものであり、渡邊様のおっしゃるとおりと考えています。
武道の試合前の挨拶は段位や番付に関係なく行われるわけですが、私はここに我が国民の「民度の高さ」を重ねます。

◎御礼◎
本日も有意義な話題を提起して頂きました。掲載に感謝しております。渡邉様、いい一日をお送りください。ありがとうございます。




Re: No title

リキさま

> たしかに,都会から離れるほどよく挨拶をしてくれると思います。
> 自転車で出かけると,田舎の小学生は怪しいかっこうをして自転車のオッサンに「こんにちは!」と言ってくれるのです。

共感していただいて嬉しく存じます。

> 自転車で細い道を走るのは,地元に人にとって多少の迷惑かも知れないので,地元に人とすれ違う際には必ず挨拶することにしています。
> 「おじゃまします」という意味でも。

さすが、心掛けが行き届いていますね^^

> いずれにしても,挨拶をすることは気持ちがいいですね。
> 相手から返ってこなくても何か伝わったのではないかと思うことにしています。

人に声をかけられても、何か考え事をしたりしていると即答できないことはよくあることで、私も見に覚えがあります。

> ちなみに,自転車乗りどうしもすれちがうときによく挨拶を交わします。

ジョガー同士などもそうですね。

返事が遅くなってスミマセン。
耳に炎症を生じたようで、集中力を欠いています(汗。
暑さバテのせいかも。
あした耳鼻科に行こうと思っています。
リキさまもご自愛のほど。

コメントありがとうございました。

Re: 挨拶

よねさま

> お引っ越し荷物はすっかり片付きましたか?

一通りは片付きましたが、配置が落ち着くまではまだまだかかりそうです。
一つ一つ考えながらやっていこうと思っています。
万事スローモーです(笑。

> 暑いときですから大変だったでしょう。

秦野は盆地なので夏は厳しいらしいです。
我が家は丘の上なのでそれほどでもないかと思ったのですが、あまり違いはないのかもしれません。
涼しい山中湖に慣れきった体にはちょっと堪えました(汗。

> 私の町(市に合併前)も1万に足りない小さな町なので子ども達はよく挨拶をしてくれます。
> 中学生が挨拶をしてくれると、半分びっくりしながら嬉しいものです。

 日盛りやきれいにお辞儀して行く子 /むく(旧詠)

山中湖でこんな句を詠んだことがありました。
山中湖の句仲間のお一人が「なのに大人になるとどうしてああなっちゃうのかしらね」と冗談を(笑。
子供の素直さに心を洗われること、よくありますね。

> 現在は足が悪いこともあって車庫で乗車すると、もう他人と会うことがないので挨拶から遠ざかっております。

あらあら、そうでしたか。
お大事になさってください。
他人と挨拶を交わせることも幸せの一つだったのだと気付かされる思いがします。

> 私の町の広い公園(80㏊)で10年以上昔、ハーレーの全国大会?があったことがありますよ。
> 全国からいろいろなタイプのバイクが集まり、県内の観光地でバルバル…のあの低音が響いてたことを
> 思い出しました!

広大な公園ですねー!
ハーレーの低いエンジン音は独特ですね。
オジサン、オバサンのライダーが多いこともハーレーの特徴でしょうか。
家内は、親友だった50代の女性ライダーを事故で亡くしたことがきっかけで乗らなくなりました。
その女性ライダーは走行中に心臓発作に見舞われたとか。
私が家内に止めさせた訳ではありません。
年齢を考えて卒業したようです。

秦野に転居した理由も、私たちの年齢を考えてということが大きくあります。
明日は、今日ネットで探した耳鼻科に行ってこなくては(汗。

コメントありがとうございました。

Re: FC2ブログ更新お疲れ様です。

横町利郎さま

> 朝散歩すると街場ほど挨拶をする人が少ない。記事を拝し、自分も同感の限りです。

共感くださってありがとうございます。

> ここで大事なのは挨拶をしたり、しなかったりするというアイデンティティの欠如だけは避けたいということです。シチュエーションに応じて述べますと、
> A、街場で早朝散歩をする場合(但し、散歩の時間がサラリーマンの出勤時近くになると下記のことは当てはまり難くなると考えています。)
> 1、自分から挨拶をして、例え先方から挨拶が返ってこなくても気にしない姿勢を貫く。
> 2、するしないに関わらず、自分は自分、人は人と割り切る。
> 必然的にドライな人間関係が展開される。

ごく自然にその人の心から滲みだしてくるような挨拶でありたいですね。

> Bローカルな土地柄で散歩をする場合
> 1、挨拶は人情の現れゆえ、挨拶したほうが断然いい。
> 2、都会に比べて顔なじみになるケースが断然多い。
> このような理由で必然的に住民の多くが礼儀正しくなる。
>
> 自分は仕事の都合で、転勤や出張で街場やローカルな土地柄でよく早朝散歩をしましたが、このような心理が働くかたが多いのではないでしょうか?

何十年も前のことですが、郷里の岩手に行ったときに従弟が運転する車に乗りました。
未舗装の農道を、向こうから歩いて来る人がいました。
すると従弟がその人とすれ違う遥か手前から、これ以上ないほど車をしました。
すれ違ってからそのことを従弟に言うと、「みんな顔見知りだからね。そうしないと後で誰に何を言われるかわからないから」と。
都会暮らしと田舎暮らしの違いを感じさせられたことの一つとして、今でもときどき思い出します。

> 挨拶の真の在り方を考える際、挨拶は「私とあなたは対等な立場ですよ」という意思表示そのものであり、渡邊様のおっしゃるとおりと考えています。

最近は人の善意が信じられなくなりそうな事件が多くなって嘆かわしいばかりですが、時代がどう変わろうと性善説を信じて生きてゆきたいものだと思っています。

> 武道の試合前の挨拶は段位や番付に関係なく行われるわけですが、私はここに我が国民の「民度の高さ」を重ねます。

日本文化の様式美の世界を感嘆する外国人が多いですね。
大切にしてゆきたいものですね。

> ◎御礼◎
> 本日も有意義な話題を提起して頂きました。掲載に感謝しております。渡邉様、いい一日をお送りください。ありがとうございます。

こちらこそ、コメントありがとうございました。
プロフィール

渡邊むく

Author:渡邊むく
男性。岩手県生まれ宮城県育ち。商社勤務、産業技術英語通訳・翻訳者を経て現在はほぼ引退。愛妻ガンコちゃんと二人暮らし。引越し回数二十六回。現在の主な発信地は東京へも富士山へも約70kmの神奈川県秦野市。俳句は2000年から。リンクはどうぞご自由に。

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