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航跡もイルカの群も夕焼ける

山吹草

2020/05/27 Wed


    山吹草ずいずいずつころ橋渡り /むく

        (やまぶきそう ずいずいずっころばしわたり)





 ヤマブキソウ (2020.05.25 山中湖村:山梨県)


 ずいずいずっころばし

 小学校の音楽の授業で、古くから歌われてきた童謡(わらべうた)である「ずいずいずっころばし」を輪唱した。

    ずいずいずっころばし 胡麻味噌ずい
    茶壷に追われて とっぴんしゃん
    抜けたら どんどこしょ
    俵のねずみが 米食って ちゅう
    ちゅう ちゅう ちゅう
    おっとさんが呼んでも おっかさんが呼んでも
    行きっこなしよ
    井戸のまわりで お茶碗欠いたの だーれ

 「ちゅう、ちゅう、ちゅう」の最後の「ちゅう」を一つおまけを付けて歌った子がいて、音楽室が爆笑の渦となった。
 その子は運動会の行進の練習となると、歩くときにどうしても右手と右足、左手と左足を一緒に揃えて前に出してしまう子だった。
 普通は腕を前後に振るように歩き出すものだが、実に器用というか、誰も真似の出来ない歩き方だった。

 山中湖暮らしの或る日、富士吉田から富士道を大月方面に下り、途中の都留市を訪ねた。
 そこで「ずいずいずっころばし」は「御茶壷道中」を歌った唄だという逸話を知った。
 御茶壷道中について、都留市の観光資料には大要以下のように説明されている。

 ・ 御茶壷道中とは、慶長18年(1613)~幕末の慶応3年(1867)まで約250年に渡って続いた、徳川将軍家御用達の茶を江戸城に運ぶ「宇治採茶使一行」の道中のこと。
 ・ 採茶使一行は、輸送の途中で、一部の茶壷を甲州谷村(やむら:現在の都留市の中心を成す町)の勝山城で、保存と熟成のために、夏の間「茶壺蔵」に格納した。
 ・ 採茶使は徒歩頭(かちがしら)が年番で務めることが定められていたことが、「寛永年鑑」に記されている。
 ・ 御茶壺道中は大変に権威のある道中で、通行人や沿道の人たちがその一行に出会った場合は、たとえ大名であっても、御茶壷道中の通行を優先させなければならなかった。
 ・ 御茶壷道中の歩行はゆったりとしており、また歩き方が独特だった。
 ・ 御茶壷は立派な篭に乗せられ、将軍様同然に大切に扱われた。
 ・ 都留市では、この道中を忠実に再現した「御茶壷行列」が祭として行われている。
 (以上、「つる産業まつり2019」他の都留市の資料参照)。

 話を歌の「ずいずいずっころばし」に戻そう。
 御茶壺道中が通るとき、胡麻味噌を摺っていた沿道の住人も家の中に入ってピシャリと戸を閉め、息を凝らすようにして行列が通り過ぎるのを待った。
 一行が通り抜けたら、やれやれ「どんどこしょ」と安心した。
 と解釈されることが多いようだが、問題はそこからだ。

 特に「俵のねずみが米食ってちゅう」と「井戸のまわりでお茶碗欠いたのだーれ」。
 この唐突な二つの行の意味を理解するのは難しい。
 諸説あるようだが、私の分野ではないので、論は余人に譲る。
 私が覚えているのは、鬼ごっこの時に鬼を決める手遊びをしながら歌ったこと。

 江戸の大火によって深川の芭蕉庵が焼失し、芭蕉が谷村(現都留市)に疎開したのは天和3年(1683)。
 芭蕉の弟子で谷村藩秋元家の家臣だった高山伝右衛門繁文の招きに応じての、半年ほどの滞在であった。
 その間、芭蕉も御茶壷のことは伝聞したに違いない。
 谷村の子供たちが歌う「ずいずいずっころばし」を、あるいは芭蕉も耳にしたかも知れない。

 城下町として栄え、郡内織りと呼ばれる絹織物の集散地として栄えた都留市は伝統文化が豊かで、子弟の教育にも熱心な町である。



キビタキ♂  (2020.05.13 山中湖村:山梨県)


 (2020年5月27日 山中湖にて)


 ご訪問ありがとうございました。


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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

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No title

こんばんは。

ずいずいずっころばしの話で,また古い思い出がよみがえりました。6年生の音楽の時間,歌のテストで出席番号一番の安藤君が(名前まで思い出した!)「わ~れは海の子,知~らないの」と歌い上げて,教室が爆笑の渦! 安藤君は,どうしてみんなが笑ったのかわからないようで,顔を真っ赤にしていました。とても人の好い友だちでした。

むくさんの文章のおかげで,クスリと笑う時間をもらいました。ありがとうございました。

Re: No title

リキさま

> ずいずいずっころばしの話で,また古い思い出がよみがえりました。
> 6年生の音楽の時間,歌のテストで出席番号一番の安藤君が(名前まで思い出した!)「わ~れは海の子,知~らないの」と歌い上げて,教室が爆笑の渦!

同じような思い出が^^

> 安藤君は,どうしてみんなが笑ったのかわからないようで,顔を真っ赤にしていました。
> とても人の好い友だちでした。

そうなんですね、そういうユニークな子はとてもいい子なんですよね^^

> むくさんの文章のおかげで,クスリと笑う時間をもらいました。

俳句を作ったついでに思い出したもので^^
笑っていただけて嬉しく♪

コメントありがとうございました。

ありがとうございます

こんばんは~

郡内織りを初めて知りました。
ネットで調べて勉強になりました。

Re: ありがとうございます

tanbattukoさま

> 郡内織りを初めて知りました。
> ネットで調べて勉強になりました。

私も山中湖に来るまでは知りませんでした。
この地域一帯が郡内地方と呼ばれていることも、芭蕉に縁があることさえ(汗。
かつてに比べると寂しくなった郡内織りですが、何かを買い求めてお別れの記念にしたいと思っています。
郡内織りのマスク…ではない何か(笑。

コメントありがとうございました。
プロフィール

渡邊むく

Author:渡邊むく
男性。岩手県生まれ宮城県育ち。商社勤務、産業技術英語通訳・翻訳者を経て現在はほぼ引退。愛妻ガンコちゃんと二人暮らし。引越し回数二十六回。現在の主な発信地は東京へも富士山へも約70kmの神奈川県秦野市。俳句は2000年から。リンクはどうぞご自由に。

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