渡邊むく俳句ブログ~まあおたいらに~渡邊むく俳句ブログ~まあおたいらに~ 梅雨に入る / 梅雨
FC2ブログ
航跡もイルカの群も夕焼ける

梅雨に入る / 梅雨

2019/06/07 Fri

    一集に師と妣の稿梅雨に入る /むく

        (いっしゅうにしとははのこう つゆにいる)




 ヤブデマリ (2019.5.29 山中湖村:山梨県南都留郡)


 入梅はまだだが、気象庁からは梅雨入りが発表されたとか。
 実際の気候が暦のそれと差があるのは梅雨入りに限らないし、当たり前。

 義母は風人子先生の名を、風人子先生は義母の名を、互いに知ってはいたが、ついに面識はないままに。
 何度か紹介させていただこうと思ったが、その都度、義母は「畏れ多い」の一点張りだった。
 菩提寺が同じというのは奇しき縁かと思う。

 俳句を始めてから十年余りの間、学びたい師を探し続けた。
 その人が里山を一つ隔てただけという近いところにお住まいだったとは。
 時を空しく過ごしたことは口惜しいが、横須賀に住むことがなければ風人子先生の門を叩くこともなかったかもしれない。
 先生が逝かれて淋しいことこの上ないが、この不思議な巡り合いと先生のお心を死ぬまで大切にしてゆこうと思う。

 雨が激しかったので、墓参は明日に。
 張子の虎は雨に弱く、濡れるときまって風邪を引くので。


-横須賀市制施行70周年記念『横須賀風物百選』(昭和53年刊)より-

浦賀造船所        高田風人子:ホトトギス同人


 明治二十九年、榎本武揚等の主唱によって創立されたのがこの造船所。子供の頃、駅前の一筋町を通ると鋲打つ音が勇ましかった。

   船渠あり春山之を抱きたり     虚子

   クレエンの動き止まずに春の雲  同

   鉄板も蝶の如くに軽やかに     同

   服汚れ春の泥とも油とも       同

 浦賀町即造船所のやうなもの。そして四季それぞれに趣きがある。これらの句は昭和も十八年、機関車がトロを引いて物を運び、起重機がそれを受けて船へ積んでゐた時代。運搬はトラックに変わったが、明治からの船渠は今もって現役である。

   晩涼やフランス船の名フィリップ  立子

 夏の太陽が沈んで涼しくなった造船所。戦後はじめての大型船と騒がれたこの船も、今にして思へばトン数は一万トンに満たなかった。その後、船台が拡張され、起重機のスタイルも変った。進水する船は十万トン以上が殆どになったけれど、船首の薬玉が割れると、今でも鳩が舞い上がる。
 東岸の艤装岸壁の辺りには幕末時代の造船所があった由。起重機の空に鰯雲が拡がったりすると、そぞろ今昔の念に誘われるが、今に残る船台先の記念碑、「浦賀屯営跡」の礎石は、旅順港閉塞に参加した船を解体した時、船底から取出した花崗岩ださうである。



    頬杖をつき梅雨心夕心 /高田風人子


 (2019年6月7日 横須賀にて)


 ご訪問ありがとうございました。


ブログランキング: 日本ブログ村  FC2
スポンサーサイト



テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

Secret

プロフィール

渡邊むく

Author:渡邊むく
男性。岩手県生まれ宮城県育ち。商社勤務、産業技術英語通訳・翻訳者を経て現在はほぼ引退。愛妻ガンコちゃんと二人暮らし。引越し回数二十六回。現在の主な発信地は東京へも富士山へも約70kmの神奈川県秦野市。俳句は2000年から。リンクはどうぞご自由に。

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
リンク
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR