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航跡もイルカの群も夕焼ける

遅桜

2019/04/28 Sun

    山上のホテルへの道遅桜

        (さんじょうのほてるへのみち おそざくら)



    遅桜けふの宴を待ちくれし /むく

        (おそざくら きょうのうたげをまちくれし)





 朝桜 (2019.4.21 山中湖村:山梨県南都留郡)


 山中湖の俳句の会でお世話になっている高村恵美子さん(日本俳人協会会員、「若葉」会員、「岬」会員」)が、今4月15日に東京四季出版から句集「湖の村」を刊行された。
 作句歴は42年。
 恵美子さんには昨年8月の「山中湖俳句大会」で初めてお会いし、同秋から、恵美子さんが指導しておられる山中湖俳句会に私も参加させていただくようになった。
 まだお付合いが浅いこともあり、上梓された句集を読んで、こんなに佳い句をお詠みになってこられた方だったか、と改めて驚いている。
 句集は、富士山麓の景物を詠んでいる私には特に示唆に富む一書であり、佳書である。


高村恵美子句集『湖の村』中「村住み」より


    火山灰に咲き都忘れの濃紫

 「火山灰」は「よな」と読む。後書きによれば、作者は都留市に生まれ、東京の大学を出て、山中湖村に嫁いだ。俳句を始められたのは昭和53年、嫁がれてから10年ほど経ってからのことだという。幼いころから日舞を習うなど文化の香り豊かに生きて来られた作者である。都忘れの花にふとご自分との重なりを感じられた。


    姉恋し糸繰草の花咲けば

 「糸繰草」は「苧環」(おだまき)の別名。山梨県東部は郡内地方と呼ばれ、「郡内織り」という絹織物が伝統産業として知られてきた。そのことと作者の「姉」が関係しているのかは知らないが、「糸繰」や「苧環」は、かつて日本女性の多くが身に付けていた手仕事として、生活感のある象徴的な言葉だ。山中湖には自生と思われるオダマキの花が多い。ミヤマオダマキかと思う。熔岩原の厳しさにも負けない強さを持った草花のようだ。


    避暑人の知らぬこの径竹煮草

 山中湖村がリゾート地として発展して久しい。時代とともに避暑人(ひしょびと)の構成は大きく変わった。かつての避暑人は山荘を所有し、日々の買い物はその配達に至るまで村の人に頼んで行っていた。車社会となった今日では買い物も自力で出来るようになったが、「避暑人」と「村人」とでは生活や行動が全く違うことは今も昔も変わらない。竹煮草の生い茂る径は、林業従事者や今では消滅した農業を営む人など、村の人たちしかほとんど通ることがない小径だったのだろう。


    身ひとつをもつて働く髪洗ふ

 嫁として婚家の生業に尽くしてきた作者の姿が彷彿とする。


    魂迎ふ支度は誰の手も借りず

 前書きに「吾子」とある悲しくも美しい一句。


    綿入を着て村住みに慣れにけり

 作者が学生時代を過ごした東京と比べ、いや生まれ育った都留市と比べても、山中湖の冬の寒さは本当に厳しい。お洒落な作者には、防寒のためとはいえ、綿入を着るような習慣がなかったのだろう。しかし、山中湖の寒さは綿入を着たぐらいではとても凌げるものではない。おそらく、綿入は冬の間はほとんどいつも着ていたのだろう。寒冷地に住む厳しさを凌いで来れたのは、作者自身の適応努力以外に、温かい家族があったからに違いない。


    浮雲も寒釣舟も動かざる

 ふとワカサギ釣りだろうかと思ったのは、「公魚を釣る舟湖心動かざる」というホトトギスの前主宰稲畑汀子さんの句を思い出したから。山中湖の冬のワカサギ釣りは結氷した湖の氷に穴を開けての釣りが有名だが、結氷していない時は湖心に舟を出して釣る。釣り始めたら舟は終日湖心を離れない。「動かない」浮雲が物を思わせる一句。


 (2019年4月28日 山中湖にて)


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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

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渡邊むく

Author:渡邊むく
男性。岩手県生まれ宮城県育ち。約10年間の海外生活を除き首都圏の各地を転々。商社勤務の後、産業技術英語通訳・翻訳者。現在はほぼ引退し、愛妻ガンコちゃんと二人暮らし。主な発信地は山梨県山中湖村。俳句は2000年から。いつもあと5kg痩せたい♪リンクはどうぞご自由に。

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