Yvonne

雲の峰北緯三十五度の海

熊谷草(くまがいそう)

2018/05/18 Fri

    熊谷草水音ゆかしき宿の庭

         (くまがいそう みおとゆかしきやどのにわ)


    熊谷草軍扇の葉に母衣の花

         (くまがいそう ぐんせんのはにほろのはな)


    敦盛のいづくに隠れ熊谷草

         (あつもりのいずくにかくれ くまがいそう)


    熊谷草ひしめく源氏八百騎

         (くまがいそう ひしめくげんじはっぴゃっき)


    熊谷草諸行無常の水の音 /むく

         (くまがいそう しょぎょうむじょうのみずのおと)



 クマガイソウ (2018.5.11 鏡山苑:山梨県富士吉田市)


 富士吉田市の上吉田にある農村公園という富士山ビュースポットに、農鳥(のうとり)と呼ばれる富士山の雪形を見に行った5月11日。
 ガンコちゃんと二手に分かれ、30分ほどという約束で一人で逍遥。

 農村公園から少し下った小さな畑で、茄子苗を植えている高齢のご婦人に出会った。
 畑にはじゃが芋が植えられていて、だいぶ茎も伸び、葉もよく茂っていた。
 この辺りの標高は約840メートルで、私が借りている山中湖の貸し農園よりは200メートルほど低い。

 お訊ねすると、じゃが芋は4月初めに植えたそうだ。
 山中湖の貸し農園では、比較的早く植えられたじゃが芋でも、まだ草丈が低い。
 茄子苗は植えた人もいるが、遅霜が心配で私はまだ植えかねていた。
 現に明け方の最低気温が1~2℃まで下がった日が2、3日続いたので、植えないでいて正解だったかと思ったりもしていた。

 ご婦人が茄子苗を植えている畑からほど近い農村公園の東の山裾に、鐘山苑(かねやまえん)という大きな観光ホテルがある。
 その建物を指さしながら、ご婦人に鐘山苑の歴史などを二三お尋ねした。
 根拠がある訳ではないが、かつて、この辺りは虚子とも縁(ゆかり)のあった土地ではないだろうかという漠然とした印象を抱いていたからである。
 ご婦人は俳句のことなどはご存知なかったが、鐘山苑は古くからあるホテルだということを伺った。
 鐘山苑の方へ行ってみることにする。

 が、用もないのにホテルの中へ入って行くわけにはいかない。
 ホテル脇の細い道を通って、桂川の清流に架かる小さな橋に出た。
 橋の上で立ち止まり、水音を聴きながら今を盛りと咲いている山藤の花などを見る。
 それから橋を渡り切って、更に山の上の斜面に広がる別荘地のほうへ登り始めた。
 富士山の伏流水が豊かに湧き出す忍野八海で知られる忍野村に接するこの辺りは、別荘地として戦前から聞こえていたという場所である。

 このまま別荘地のほうへ登り続けようか、それとも川沿いを上流のほうへ行こうか…。
 どちらに行っても約束の30分以内には戻れそうもない。
 思案しているところに、作業着を着た中年の男性が一人、別荘地のほうから下りてきた。
 土地の人に違いない。

 「つかぬことを伺いますが、この辺にむかし柏木白雨という俳人が住んでおられたようなんですが、そのお宅をご存じないでしょうか?
 なんでも鐘山苑の近くだと聞いた気がするんですが。」
 「私は分からないけど、ホテルのフロントで聞けば分かるかも。
 私はホテルで働いているので、よかったらフロントまでご案内します。」
 えらい大ごとになってきた…と躊躇したが、折角なのでご厚意に甘えることにする。

 川沿いの道から小さな石段の径が分かれていて、その石段の径を男性の後について川のほうへと下った。
 「私はこのホテルの庭を管理する仕事をしているんです」と男性。

 石段の径そのものがホテルの敷地内となっているようで、径に沿った一帯には、楓をはじめさまざまな園樹が佳い按配に配置され、若葉を滴らせていた。
 三葉躑躅(みつばつつじ)と山躑躅(やまつつじ)の紅色が、痛いほど鮮やかに目に染みる。

 携帯電話が鳴る。
 ガンコちゃんからだ。
 「いま鐘山苑です。
 あと20分ぐらい、かな。」

 小さな橋を一つ渡ると、そこは完全に庭園となっていて、一樹一草非の打ちどころなく手入れが行き届いていた。
 庭園はホテルの裏手にあり、表にあたる農村公園側からはその素晴らしさを窺い知ることができない。

 「これ、ご存知ですか?」
 「熊谷草(くまがいそう)ですね?」
 「えぇ、希少な花ですが、これだけ増やしました。」
 その数、五百本から千本ぐらいはあるだろうか。
 館の壁際に設けられた石囲いの地面に、見事な群生を成して白い花を咲かせていた。
 熊谷草の名前が平家物語の一の谷の戦いで平敦盛の首を刎ねた熊谷直実に由来していることを知って観れば、群生するその白い花は、押し寄せる源氏の軍勢のようにも見える。

 「写真を撮ってもいいですよ。」
 3枚ほど撮らせていただいたが、咄嗟(とっさ)のことでもあり、何しろ闖入者(ちんにゅうしゃ)のようなものなので、気が引けてろくな写真にはならなかった。

 立派な和の内装が行き届いた館内の廊下を幾つか抜けて、フロントに案内していただいた。
 フロントの長いカウンターデスクの中には、ダークグレイのフォーマルな制服を着た若い男女のスタッフが10人ほど、一列に並んで立っている。
 一人は青い目のフロントマンだった。

 スタッフの眼が一斉に私に注がれる。
 表玄関からではなく館内の物陰から、冬ジャンパーを着てGパンを穿き、スニーカーを履いて野球帽を被り、背中にはデイパックのようなリュックを背負い、大きな望遠レンズを装着したカメラを見るからに重そうに首からぶら下げた出で立ちで、よろよろと現れた私は、相当に怪しい人物に違いない。
 表玄関の硝子の自動扉の内側には、明るい色の制服を着た若い女性スタッフが3人、背筋を伸ばし、いつでもお客様をお出迎え出来るよう礼儀正しく立っていたが、その彼女たちの視線も私に集まった。

 フロントデスクで用向きを伝えると、男性スタッフの一人がいろいろなパンフレットが置かれているラックから鐘山苑で毎年催されている俳句大会の案内が掲載されているパンフレットと大会用の投句用紙を取り出し、親切にも1部づつ分けてくださった。
 一般に、観光ホテルが開催する俳句大会は云わば私的なものであり、投句することが出来るのはホテルを利用した人に限られる。
 それは鐘山苑とて例外ではあるまい。
 が、フロントマンに乞われるまま、芳名帳に「渡邊むく」と名前を記し、住所も記入して帰る仕儀になった。
 ホテルを利用もせずに、頂戴してきた投句用紙を使ってあつかましく投句するつもりは毛頭ないが。
 柏木白雨という俳人に関する情報を得ることは出来なかったが、他に調べる方法もあろうかと思うので、それ以上は訊ねなかった。

    富士の灯のともり初めたる月見草 /白雨

    夏の夜の灯の列富士の在り処 /むく(旧詠)

 横須賀に戻った翌日、鐘山苑から「礼状」が届いた。
 お礼を伝えなければならないのは私のほうで、汗顔の至りである。
 この一文をもってお礼に代えさせていただきたい。



 鐘山苑 (2018.5.11 山梨県富士吉田市)


 鐘山苑website

 (2018年5月18日 横須賀にて)



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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

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No title

こんばんは

クマガイソウ初めて拝見しました
珍しいお花ですね
それにしても凄い数が植えられていて
見事な景観でしょうね^^

Re: No title

tomatoの夢3さま

> クマガイソウ初めて拝見しました
> 珍しいお花ですね
実は、山中湖近辺にも自生地があったのだろうと、今日調べてみました。
完全な自生地ではありませんが、保護されているところが数ヵ所。
そのうちの一つは私が菜園を借りている花の都公園の敷地内にあると分かりました。
ネーチャーガイドの付き添いで見学できるそうですが、今年は明日までだそうで、間に合いません。
来年は必ず見ようと思います。
tomatoさんもぜひ山中湖へおいでください♪

> それにしても凄い数が植えられていて
> 見事な景観でしょうね^^
変わった花でもあり、独特の迫力が感じられます^^
保護栽培されているところは方々にあるようですよ。

コメントありがとうございました♪

こんばんは♪

クマガイソウ、ピンクがかって見えますが、白なんですね。
素晴らしい群生です♪
偶然とはいえ見ることが出来よかったですね。

Re: こんばんは♪

miyakoさま

> クマガイソウ、ピンクがかって見えますが、白なんですね。
見たのは白い花でした。
色の濃い花もあるようです。
よく似た花にアツモリソウがありますが、葉の形が異なるようです。

> 素晴らしい群生です♪
> 偶然とはいえ見ることが出来よかったですね。
今年の見ごろはもう終るようですので、来年またじっくりと鑑賞したいと思います。

コメントありがとうございました♪

No title

クマガイソウ(敦盛草)1度だけ旭川近郊の山で見たことが有ります。
北海道礼文島には礼文敦盛草が
見られるそうですが まだ見たことが有りません(ノД`)・゜・。

何にでも探求心のある素敵なご夫妻ですね(^_-)-☆

Re: No title

みなとさま

> クマガイソウ(敦盛草)1度だけ旭川近郊の山で見たことが有ります。
> 北海道礼文島には礼文敦盛草が
> 見られるそうですが まだ見たことが有りません(ノД`)・゜・。
クマガイソウを初めて見たのは箱根湿性花園でした。
希少性はガンコちゃんに教えてもらいました(笑。
敦盛草は花が紫色の印象ですが、礼文敦盛草は黄色いんですね。
平家物語には平敦盛の母衣が萌黄色と書かれているので、黄花のほうがらしいですね^^

> 何にでも探求心のある素敵なご夫妻ですね(^_-)-☆
いえいえ、付け焼刃の連続です(笑。

コメントありがとうございました♪
プロフィール

渡邊むく

Author:渡邊むく
産業技術英語通訳・翻訳者。男性。岩手県生まれ宮城県育ち。人生の大半は首都圏暮し。海外生活約10年。俳句歴:2000年より。主な発信地:神奈川県横須賀市、山梨県山中湖村。

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