灯籠や今も引揚桟橋と むく

野いばら

2014/05/20 Tue

2014/05/18 野いばら(観音崎:神奈川県横須賀市)
2014/05/18 野いばら(観音崎:神奈川県横須賀市)

 もう盛りを過ぎようとしていましたが、季節になると必ず逢いたい野の花の一つなので…。

   北壽老仙をいたむ

 君あしたに去ぬ ゆふべのこゝろ千々に
 何ぞはるかなる

 君をおもふて岡のべに行つ遊ぶ
 をかのべ何ぞかくかなしき

 蒲公の黄に薺のしろう咲たる
 見る人ぞなき

 雉子のあるか ひたなきに鳴を聞ば
 友ありき河をへだてゝ住にき

 へげのけぶりのはと打ちれば 西吹風の
 はげしくて 小竹原眞すげはら
 のがるべきかたぞなき

 友ありき 河をへだてゝ住にき けふは
 ほろゝともなかぬ

 君あしたに去ぬ ゆふべのこゝろ千々に
 何ぞはるかなる

 我庵のあみだ仏 ともし火もものせず
 花もまいらせず すごすごと彳める今宵は
 ことにたうとき 

                 釋蕪村百拜書


 故人を悼むこの詩を書いた「釋蕪村」とは江戸時代の俳人与謝蕪村です。
 「北壽老仙」については、下総結城(茨城県)の俳人、早見晋我(しんが)の隠居後の号とする説もあり、また異説もあります。
 いずれにしても、放浪時代の若き蕪村の力になった北総の有力者だったのではないかと思われます。

 萩原朔太郎(明治19年~昭和17年:1886~1942)は、著書『郷愁の詩人与謝蕪村』の中で、この詩について次のように書いています。

 「この詩の作者の名をかくして、明治年代の若い新體詩人の作だと言つても、人は決して怪しまないだらう。しかもこれが百數十年も昔、江戸時代の俳人與謝蕪村によつて試作された新詩體の一節であることは、今日僕等にとつて異常な興味を感じさせる。」

 朔太郎の言葉を引用するまでもなく、蕪村の作と知ってこの詩を読む人は、きっと同様の驚きを感じることでしょう。
 タンポポやナズナではなく、なぜか野いばらの花を見ると思い出す詩です。

      花いばら故郷の路に似たるかな /与謝蕪村




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テーマ : 季節の風景
ジャンル : 写真

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渡邊むく

Author:渡邊むく
職業:産業技術英語通訳・翻訳者。男性。俳句歴:2000年より。(主な発信地:神奈川県横須賀市、静岡県御殿場市)

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