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雪渓の細き一条富士の紺

夏峠

2017/07/20 Thu

    よろずはの歌のくさぐさ夏峠 /むく

         (よろずはのうたのくさぐさ なつとうげ)


 先日、車で御殿場に向かう途中、足柄峠(標高756m)を通ってみたいというガンコちゃんの望みに応えて、東名高速道を離れて少し迂回してみました。
 峠の一角にある「足柄万葉公園」に着くと、万葉集の歌碑が目につきます。
 全部で7つ建てられている、東歌、防人の歌の碑です。

 江戸時代に箱根路が幹道となるまでは、足柄の坂(足柄峠)は東西を行き来する主要道の一部でした。
 距離は長いが比較的ゆるかかな足柄路と、距離は短いものの急峻な箱根路。
 どちらも、旅人にとっては最大の難所だったことに変わりはありません。

 万葉集の防人の歌には、その足柄の坂を詠んだ歌が少なくありません。
 後日横須賀に戻ってから、義母にその「足柄万葉公園」の碑の一つに刻まれた歌の話をしました。

    足柄の 御坂に立して 袖振らば 家なる妹は さやに見もかも /藤原部等母麻呂(ふじわらべのともまろ) 巻20-4423

    (あしがりの みさかにたして そでふらば いはなるいもは さやにみもかも)

 「足柄の坂を越えるときに峠で袖を振ったならば、家にいるお前にもはっきり見えるだろうか」という意味ですが、この歌は作者藤原部等母麻呂が防人に任じられ、武蔵国埼玉郷から西国に赴く前に詠んだ歌のようです。
 たとえ袖を振ったとしても、当然、埼玉に住む妻に足柄峠の夫の姿が見えるはずはありませんが、なんとすばらしい言葉の愛の交歓であることでしょうか。

 私は、作者藤原部等母麻呂が足柄峠を越える時に詠んだ歌かと思ったのでしたが、義母から、「この歌は妻が詠んだ歌と対になっている」ことを教えてもらいました。
 
    色深く 夫なが衣は 染めましを 御坂廻らば まさやかに見む /妻物部刀自賣(もののべのとじめ) 巻20-4424

    (いろふかく せながころもは そめましを みさかたばらば まさやかにみむ)

 「あなたの旅衣をもっと色鮮やかに染めておくべきでしたわ。そうすれば、足柄の御坂をお越えになるあなたの姿が、はっきりと見えるに違いありませんもの。」

 足柄万葉公園の7つの歌碑に、この妻の歌は含まれていませんでした。
 義母に教えてもらわなければ、夫藤原部等母麻呂の歌を、少しく趣きを異にして覚えてしまうところでした。

    雪解くるしみみに拉くかざさきの道行きにくき足柄の山 /西行法師(山家集)

    (ゆきとくる しみみにしだく かざさきの みちゆきにくく あしがらのやま)

 平安時代末期から鎌倉時代初期を生きた西行法師は、少なくとも一度は足柄峠を越えたようです。
 江戸時代を生きた芭蕉はどうだったか?
 西行法師を慕い、その足跡を辿る旅をした芭蕉ではありますが、足柄峠を詠んだ句は見当たりません。
 時代とともに要路が変化したことも考えると、芭蕉はもっぱら箱根越えを採り、足柄峠を越えたことはなかったかのではないか、という気がします。

    霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き /芭蕉



夏富士 (2017.7.17 東山界隈:静岡県御殿場市)


 足柄峠で写真を撮らなかったのは残念。
 また必ず行くことになると思うので、写真はその時に。



メジロ (2017.7.8 東山界隈:静岡県御殿場市)



カネやモノでなく、未来の大人たちに豊かな心の大切さを伝えられる私たちに。(渡邊むく)


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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

渡邊むく

Author:渡邊むく
産業技術英語通訳・翻訳者。男性。岩手県生まれ宮城県育ち。人生の大半は首都圏暮し。海外生活約10年。俳句歴:2000年より。主な発信地:神奈川県横須賀市、山梨県山中湖村。

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