渡邊むく俳句ブログ~まあおたいらに~渡邊むく俳句ブログ~まあおたいらに~ 2020年06月
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航跡もイルカの群も夕焼ける

さくらんぼ

2020/06/19 Fri


    さくらんぼペルシャの王の餐今宵 /むく

        (さくらんぼ ぺるしゃのおうのさんこよい)





 鈴木貞雄句集『うたの禱り』:角川俳句叢書


 昨日、山中湖俳句クラブで一括注文してあった句集が届いた。
 『若葉』主宰鈴木貞雄先生の第六句集『うたの禱り』。
 お届け下さったのはクラブの句友お二人。
 茄子、胡瓜、大根、人参、黄色いパプリカと彩りの豊かな自家製のぬか漬と、旅苞(たびづと)のさくらんぼも一緒に。

 『若葉』は山中湖を愛した俳人富安風生が起こした伝統ある結社で、私が所属する『雛』ともご縁が深い。
 鈴木貞雄先生には、毎年八月に行われている「山中湖俳句大会」で去年、一昨年と二度お目にかかった。
 句集はこれからゆっくり鑑賞させていただく。

 昨年の「山中湖俳句大会」に選者としてお出でになられた時の鈴木先生のお話がとても印象に残っているので、以下にご紹介したい。
 本稿は大会主催者から書記を仰せつかった私が記録として起こし、大会後に発行された会報『風生庵だより』に掲載されたものである。

  鈴木貞夫先生の俳話 (2019年8月19日「山中湖俳句大会」にて)

 「私もそうですが、昨日から来ておられる皆さんは、富士山に会えることを楽しみにされていたかと思います。
 しかし、あいにく見えなかった。
 一瞬だけ見えたという幸運な人もいるようですが。
 しかし、富士山が見えなかったからといって、俳人はそこで残念だと思ってはいけない。

 芭蕉に「霧しぐれ富士を見ぬ日ぞおもしろき」という句があります。
 霧雨で富士山が見えなくても、芭蕉はそれを面白がった。
 これは負け惜しみではありません。
 芭蕉は伊賀への道中で何度も富士山を眺めています。
 それがたまたま富士山を見られないことがあった。
 しかし、隠れている富士もまた面白い、と言ったのです。
 どこが面白いのか?
 多分、芭蕉は霧雨に隠れている富士山をあれこれ想像したのでしょう。
 霧雨に隠れている富士山はどんな気持でいるのだろうとか。

 私も御殿場から旭ヶ丘までバスで来たのですが、富士山は雲に隠れて見えませんでした。
 で、雲の中の富士山はどんな気持でいるのだろうと想像しました。
 こう考えました。
 富士山はいつも大勢の人に見られているので、いつも美しくなければならない。
 せめて雲に隠れている時ぐらいは、横になりはしないまでも寛ぎたいと思っているのではないか、と。
 富士山も気を抜きたい時はあるのではないでしょうか。
 きっと雲の中の富士山は顔をゆるめて寛いでいるのではないかと思いました。
 そういう想像が出来るから「おもしろき」なのだろうと思います。

 写生とは目に見えるものを描くだけでなく、目に見えない存在に想像を働かせることも含めてのものです。
 目に見えている世界はごく一部。
 目には見えないところにも世界は存在している訳ですから、写生とはそこへ想像を展ばしてゆくことも含めてのものです。
 よく見ていれば見えなかった部分も見えてきます。
 全部ではなくても少しずつは見えてくる。
 そういうところも描くのが写生です。

 棟方志功は空気を写生すると言った。
 難しいことですが、空気とは雰囲気のことです。
 ものには雰囲気があります。
 この句会場にも雰囲気がある。
 熱気もありますね。
 しかし、それは目では見えない。
 ですからその見えないものを俳句の中で表現してゆくことが大事なのです。

 滝を見て滝だけ詠んでもただの報告に終わってしまう。
 滝の涼しさが伝わってくるようにその空気、雰囲気を描くのが写生ということです。
 だから俳句は奥が深い。
 ただ「涼し」と詠んでもダメで、その涼しさが伝わってくるように詠むことが大事です。

 私は毎日たくさんの句を見ていますが、どこを見るかというと、まず「季語」です。
 季語が生きているかどうか。
 取って付けたような季語ではなく、その季語が一句の中で十分に生きているかどうかを見ます。

 私たちは毎日たくさんの季語に囲まれています。
 自分の気持を表すのにどの季語を選ぶのが相応しいか、どの季語を使ったら句がもっとも生きるか、と考えることが大事です。
 ちょっと離れているような季語であってもいい。
 そういうことが出来るようになるには、季語と友だちになることが大事です。
 友だちにならないと季語を生かすことは出来ません。

 もう一つは「調べ」です。
 例えば「淋し」という秋の句を詠んだとします。
 しかし句の調べがその淋しさをよく伝えていないということがある。
 「淋し」という時にはその淋しさが伝わるように表現することが大事です。
 身内の人が亡くなって「悲し」と詠んでいるのにその悲しさがよく伝わってこない句は実際にあるものです。
 それは、悲しい気持が句の中にこもっていないからです。
 「悲し」という時にはその悲しさが句の調べの中に隠されていることが大事です。

 芭蕉は「句調(ととの)はずんば舌頭に千転せよ」と言いました。
 いろいろな表現を考え、その中でもっとも心が伝わるものを探し出すことが大事です。」



 さくらんぼ (2020.6.18 山中湖村:山梨県)


 (2020年6月19日 山中湖にて)


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素足(すあし)

2020/06/18 Thu


    インド芝深し素足で走る朝 /むく

        (いんどしばふかし すあしではしるあさ)





 梅雨入前 (2020.6.9 山中湖村:山梨県)


 二〇〇一年、インドでの詠。

  涼しい時間帯

 日本では馴染の薄い球技だが、クリケットはインドで最も盛んなスポーツ。
 かつて日本で野球がそうであったように、インドでは今もクリケットが国民的な球技である。

 クリケットはイギリスで始まった球技。
 それがインドに普及したのは、二百年近くにわたってイギリスの植民地だったインドの歴史に由来する。

 クリケットにも世界選手権大会がある。
 四年に一回開催されるワールドカップがそれである。
 ワールドカップに出場する国の大半は、いわゆるイギリス連邦加盟国だ。

 私が目にしたクリケットは、そうしたレベルの高い試合ではない。
 私が過ごしたインドの町の運動公園の毎朝の景色だった。
 ジョギングに行くと、競技場には必ず大勢の人がいてクリケットに興じていたのである。

 インドでは、屋外で運動をするのは朝か夜の涼しい時間帯である。
 わざわざ暑い日盛りにスポーツに汗を流す人はいない。

 週末の楽しみであったゴルフも同様である。
 暑くなる前にと、夜明けとともにスタートして18ホールをスルーでプレーする。
 遅くとも午前十時前にはラウンドを終え、クラブハウスの外の日覆いのあるテーブルでのんびりと遅い朝食を摂る。

 女性のクリケットプレーヤーを見かけたことはないが、ゴルフコースには女性の姿もあった。 
 女性ゴルファーは、体に長い生地を巻き付けただけのサリー姿ではなく、パンツ(サルワール・カミーズ)姿である。

 インドのゴルフは富裕層だけの遊びである。
 クラブハウスではいろいろな人に出会う。
 「オー俳句、知ってる知ってる、“十七母音の短詩”ね」と言う変わったインド人社長にも遇った。

    海だけを見に来た山の寒椿/むく

 詠んで間もなかった駄句を思い出して、即興で英訳して紹介した。

     Winter camelia;
    on the hill I climbed
    just for a seaview


 インドでは時間がゆっくり流れた。



 花菱草 (2020.6.17 山中湖村:山梨県)


 (2020年6月18日 山中湖にて)


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外寝(そとね)

2020/06/17 Wed


    夜の駅外寝の人に躓きし /むく

        (よるのえき そとねのひとにつまづきし)





 夕焼け富士 (2020.6.15 山中湖村:山梨県)


 二〇〇〇年のインド詠を推敲。

  外寝

 夜の駅の暗いホームに降り、スーツケースを預けたポーターの後に付いて改札口に向かう。
 ポーターは少しでも多く稼ぎたいのだろう。
 頭の上に重いスーツケースを三個ぐらいは平気で乗せて歩く。

 暗くてよく見えないが、ホームには南京袋のようなものがごろころ転がっている。
 何度か躓きそうになる。
 少し目が慣れて、人が寝ているらしいと気付く。
 インドではどこでも目にする光景だ。
 家のない人たちもだが、旅行者も駅のホームで寝たりする。

 「どこでも寝ることが出来るのがインド人の特技。
 どんなに狭い所でも寝られる。」
 そう言ったインドの友人がいる。

 実際に、横向きに寝転がって片肘を立て、涅槃仏のように眠っている人を何度も見た。
 さぞ厳かな夢をご覧あそばしていることだろうと思った。

 早朝に町の住宅街を散歩すると、家の外にベッドを置いて寝ている人をよく見かける。
 この場合は寝釈迦像スタイルではなく、指を上に向けた両足をブランケットの端から覗かせて寝ている。
 もちろん全て男で、女性の外寝は見たことがない。
 顔を覗き見たことはなく、足の裏だけを見ての判断ではあるが。

 概して若い男ほど朝起きが苦手なようだ。


  気温差

 今週はガンコちゃんと一緒。
 一か月ですっかり乱れた食事を元に戻すべく、しっかり管理してもらっている。
 自分一人で糖尿病食管理を徹底するのは難しい、とつくづく思った一か月間だった。

 昨日は所用で秦野へ。
 朝九時に山中湖を出発した時の気温は21℃。
 昼を回って秦野から帰るときの気温は31℃。
 午後二時頃に山中湖に着いた時の気温は23℃。
 山中湖と秦野とでは8℃以上の気温差があったことになる。
 標高差だけではそれほどの気温差にはならない計算だが。

 今朝の山中湖はぐんと冷え込んで、最低気温が10℃。
 車で湖畔を一周しようと朝5時に一旦外に出たが、さすがに夏の服装では寒いと、一枚羽織るものを取りに引き返した。
 今日の日中最高気温は21℃という予報。

 夏は山中湖が過ごしやすい。
 正午の今、外は松蝉(=春蝉)の声が賑やかだ。



 湖畔の朝 (2020.6.17 山中湖村:山梨県)


 (2020年6月17日 山中湖にて)


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夏の宿

2020/06/16 Tue


    ようこそとビンディ―を塗る夏の宿 /むく

        (ようこそとびんでぃーをぬる なつのやど)





 オオヨシキリ (2020.6.9 山中湖村:山梨県)


 句は二〇〇三年、インドで。

  ビンディー (Bindi)

 まさか額に赤いビンディーを塗られるとは思わなかった。
 それまでの定宿を変えたときのことだった。
 宿を変えたのは私の仕事の依頼主である日本企業の都合から。
 A事業部がXホテルに泊まるならB事業部はXホテルは避けてYホテルに泊まるという、部門間の変な対抗意識があったからである。

 XホテルもYホテルも互いに目と鼻の先にある。
 ホテルのグレードも同じようなものだ。
 A事業部の仕事もB事業部の仕事も受けていた私は、プロジェクトが変わるたびに違うホテルにチェックインするのが煩わしかった。
 その都度、預けてあるキャディバッグなどの諸荷物を移動しなければならないのが面倒だった。

 Yホテルはオーナーも支配人も女性だった。
 ビンディーを用意して私たちを歓迎してくれたのも、彼女らの仕事熱心さ故のことだったろう。
 しかし、いきなり「ビンディーを塗ってあげましょう」と言われたときにはちょっとビックリした。
 滞在期間中の健康とよい成功を祈って、ということだったが。
 にこにこしながら私と一緒にビンディーを塗られていた日本人エンジニアたちも、内心はとまどったことだろう。

 ビンディーを塗る意味は、純粋に宗教的なことから社交的なことまで、いろいろとあるようだ。
 もし同じ体験をされることになったら、にこにこしながらお受けして感謝するのが良いかもしれない。



 散歩中にいただいたノミツバ(三葉芹) (2020.6.8 山中湖村:山梨県)


 (2020年6月16日 山中湖にて)


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早乙女(さおとめ)

2020/06/15 Mon


    貧しくもサリー鮮やか早乙女ら /むく

        (まずしくもさりーあざやか さおとめら)





 ポピー (2020.6.10 山中湖村:山梨県)


 二〇〇三年、インド詠。

  既発表句と未発表句

 このところ毎日むかしインドで詠んだ句ばかりご紹介させていただいている。
 本当は今日詠んだ句を今日書いておきたい。
 このブログは私の日記代わりであり、日々の俳句を書き留めておくメモと位置付けてきたから。

 もともと私の俳句はインターネットで始めたものであり、ホームページやブログという形で文字にしてきた。
 それで十分だったし、今でもそう思っている。
 しかし、何かの俳句大会であるとか、雑誌・新聞等への投句は、ほとんどの場合未発表の句に限るという制約がある。
 ブログに書いた俳句は既発表句と見なされる。

 出来た俳句を投句するのは結果としての行為であり、初めから投句することを目的にして俳句を作ってはこなかった。
 ただ俳句を作ることが楽しいから作ってきた。
 だから、投句することについては関心が薄く、極めて消極的であった。

 もともと私は人一倍気弱であり、プレッシャーには弱い。
 人と競うことも嫌いだ。
 マイペースがいい。
 無理に自分を奮い立たせるのは苦痛の極みである。
 無理をして自分が崩れたり潰れたりすることが怖い。

 が、そういう卑屈な態度を少し改めるべきかと思うようになった。
 俳句を始めて、曲がりなりにも二十年になる。
 お付合いやしがらみも少しはある。
 出稽古と思って少しは投句に励んでみようかと思う。
 潰れたら潰れたで、ただそれだけのこと。

 長い間には自分の俳句も変わってゆこうが、変わることと崩れることは違う。
 変わってゆくのは齢をとってゆくからで当たり前。
 崩れるのは動機が不純だから。
 つねに純粋に俳句を楽しんでゆきたい。

     だれにでも殻はあるもの蝸牛/むく

 反省多々。

 そんな次第で、当ブログのNOWな面がこれからは少し損なわれることになろうかと思います。
 どうかご理解、ご容赦のほど。



 ポピー (2020.6.10 山中湖村:山梨県)


 (2020年6月15日 山中湖にて)


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喜雨(きう)

2020/06/14 Sun


    密林に喜雨満ち象の襲ふ村 /むく

        (みつりんにきうみち ぞうのおそうむら)





 カッコウ (2020.6.14 山中湖村:山梨県)


 句は二〇〇一年、インドでの詠。

  インドの雨季

 先日の記事で、北インドが一年でいちばん暑くなるのは五月下旬と書いた。
 それが過ぎると雨季がやってくる。

 毎日気温と湿度を観測していたその年は、六月十日に雨季入りした。
 日本の梅雨入りの時期にほぼ同じである偶然に、不思議な感慨を覚えた。
 インド人に訊ねたところ、だいたいその頃に雨季が始まるという答えだった。

 私が滞在していた町には近くに野生動物保護区域があって、三回ほど訪れた。
 それほど有名な保護区ではないが、広大な密林があり、水辺があり、ダルマ・ヒル(Dalma Hill)という山もあった。
 そこにいろいろな動物や野鳥が生息していた。
 インド象もたくさんいた。

 餌を求めて、象はときどき町にも現れたり村を襲ったりもする。
 人間が犠牲になることも少なくない。
 象を怒らせると怖い。



 カッコウ (2020.6.14 山中湖村:山梨県)


 (2020年6月14日 山中湖にて)


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涼し

2020/06/13 Sat


    インド涼しミセスチキンカリーらと居 /むく

        (いんどすずし みせすちきんかりーらとい)





 湖畔の駐輪場から (2020.6.9 山中湖村:山梨県)



  カリーリーフ

 インドにカレーと名が付く料理は多くない。
 が、大抵の料理はカレー味だ。
 当たり前のことを言うようだが、カレー味はインドの味である。

 日本に来た或るインド人がこう言った。
 「日本の料理には味がない。」

 「…?」
 返答に窮して、いろいろ考えた。
 そして味がないとはカレーの味ではないという意味だと思い至った。

 カレー味とは何か?
 カレーの味はコリアンダー、クミン、唐辛子、カルダモン、オールスパイスなどの香辛料を混ぜ合わせた味である。
 ターメリックは苦味以外はもっぱら色に寄与している。
 カレールーは玉ねぎで作る。
 胡椒は必須ではないが、唐辛子は欠かせない。

 「日本の料理は味がない」とは、スパイシーではないという意味らしい。
 つまり辛さが全く物足りないという意味である。

 が、それだけではない。
 インド人は「日本の料理は味がない上に、レストランに行くと必ず変な匂いがする」と言う。

 変な匂い?
 なんのことだ?とまた考えた。
 そして、どうやら味噌や醤油の匂いのことらしいと思い至った。

 日本の味噌や日本の醤油は、日本の気候風土が生んだ日本独特の発酵食品である。
 つまりカビや細菌など日本の微生物の力を借りて作られた食品である。
 チーズを初め、世界にはいろいろな発酵食品が存在する。
 気候風土の違ういろいろな地域で、人類はその地域の気候風土に合った様々な発酵食品を作り出してきた。

 が、ここで「世界の発酵食品」を論じるつもりはない。
 日本の味噌や醤油の味は、馴染むのに少し時間を要するインド人が多い、と言いたいだけである。

 もちろん個人差はある。
 初めて日本に来て、その日から味噌汁が大好きになったインド人もいる。
 彼にはお土産に永谷園のインスタント味噌汁「朝餉」をたくさん上げた。

 話が完全に脱線してしまった。

 ある時、インド人の家庭に招かれた。
 招待してくれたインド人は若いエンジニア。
 厳密に言えば招待されたのは一緒に仕事をしていた或る日本人エンジニアで、私は通訳として同席を頼まれたのだった。
 せちがらいことを言えばお金にはならない時間外奉仕。
 断りたいこともあるが、なかなかそうは行かない。

 その夜は断らなくてよかった。
 そのインド人家庭のチキンカリーが美味だったからだ。
 新宿中村屋にチキンカリーを伝授したのはこの家のご先祖ではないか、とさえ思えた。

 チキンカレーの上に緑の葉があしらってあった。
 尋ねるとカリーリーフ(curry leaf)だと言う。

 カリーリーフを知ってはいたが、見たのも口にしたのもその夜が初めて。
 黄色いカレーの上にミントの葉でも乗せたような彩。
 が、カリーリーフがチキンカリーの味にどう貢献しているのはよく分からなかった。
 ただ珍しかったので、日本に土産に持って帰りたいとは思った。

 若いエンジニアの愛くるしい新妻は、聞けばまだ大学に通っていて、植物学を専攻しているという。
 植物の話は私も好きだ。
 時間外奉仕であることなど忘れて、愛くるしい新妻との話に盛り上がった。
 
 インドのマンゴーには少なくとも百を超える種類があるという彼女。
 百を超える…なんだか多民族国家インドに存在する異言語の数のようだ。
 美味しいマンゴーはいろいろあるが、六月になったこれからの季節は「アルフォンソ」(Alfonso)という奥手の品種がお薦めだと言う。
 (二十年近くも前に一度聞いただけのマンゴーの名前を、未だに覚えている私の記憶力もすごい。
 食い意地がすごいと言うべきか。)

 ともかく、私は彼女をミセスチキンカリーと呼ぶことにした。
 私を唸らせるようなチキンカリーを作る愛くるしい新妻、只者ではない。

 その後、日を経るにつれて、もう一度あのチキンカリーを食べたい…という思いが募った。
 ミセスチキンカリーの夫である若いエンジニアに会うたびに、しつこく再度の招待をせがんだ。
 が、なかなか首を縦に振ってくれない。
 別に妬かれることもないはずだが、はて。

 やっと再招待してくれたのは、それから小一年が経ち、半ば忘れた頃になってからだった。
 楽しみにしていたチキンカリーだったが、あっさりし過ぎていて、前回の唸るほどの美味しさとは比べようがなかった。
 カリーリーフの飾りもなかった。

 「実は、前のチキンカリーは母が来て作ってくれたの。
 今日も来てくれる予定だったのが、母の都合がつかなくなって、私が…。」
 正直なミセスチキンカリー。

 スプーンもフォークも使わず、左手はズボンの後ろに回してベルトに挟み込んで禁じ手にし、右手だけを使ってチキンカリーを食べた。
 私は左利きなので、そうしないとつい不浄の手である左手を使いそうになる。

 カリーリーフを日本に持って帰りたいという話は持ち出さなかった。



 白鳥に餌を撒く人 (2020.6.9 山中湖村:山梨県)


 (2020年6月13日 山中湖にて)


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サンダル

2020/06/12 Fri


    サンダルのペディキュア金の足指輪 /むく

        (さんだるのぺでぃきゅあ きんのあしゆびわ)





 山中湖村の花「山椒薔薇」 (2020.6.9 山中湖村:山梨県)



  足指輪

 二〇〇一年、インドでの詠。

 北インドの或る企業城下町を、五年間で三十回ほど訪れた。
 滞在した期間は延べ十二か月ほど。

 ある日、街に土産を探しに行き、生地屋に入った。
 どれにしようかと思案していると、突然に声を掛けられた。

 「お手伝いしましょうか?」
 店員には見えない若い女性。
 白のサルワーズ(パンツ)にカナリア色の長いカミール(トップ)。
 ショールも白。
 一目で良家のお嬢さんと知れるような、華のある娘さんだった。

 先日「夏サリー」の句を紹介させていただいたが、あれは二つの情景を合成したもので、嘘である。
 サリーは既婚女性だけが着るもの。
 ミスインディアが着る訳はない。

 未婚女性が着るインドの民族衣装はサリーではなく、サルワーズ・カミールなどである。
 サリーなら日本人でも知っていようが、サルワーズ、カミールでは何のことだかわかるまいと思って「夏サリー」にした。
 合成も嘘も許されるのが俳句…と、自分に都合良く。
 
 ペディキュアとは足の指に塗るマニキュア。
 (ご存じない男性もいらっしゃるかと思うので。)
 日本にも着けていらっしゃる方がいますね。
 素足にサンダルの夏は目に付きます。

 足指輪は、本来は既婚者が着けるもの。
 貞淑の証だと聞いた。
 金ではなく、銀の指輪。
 足は肉体の中の不浄の部分の一つだから高価な金は避けるのだそうだ。

 私が出会ったお嬢さんは二十歳ぐらいの独身女性。
 ファッションとして身に着けていたのかと思う。
 同じ年頃の、たぶん友だちかと思う娘さん二人と一緒だった。
 その二人の娘さんたちが、まるで従者のように見えた。

 金の足指輪のお嬢さんの薦めで、生成のインドシルクを買った。



 湖畔のサイクリングロード (2020.6.9 山中湖村:山梨県)


 (2020年6月12日 山中湖にて)


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水中り

2020/06/11 Thu


    更くるまで豪雨の止まず水中り /むく

        (ふくるまでごううのやまず みずあたり)





 湖畔の朝 (2020.6.9 山中湖村:山梨県)


  水替わり

 水中りの句はインドでの詠。
 メモによれば二〇〇一年。

 インドに滞在していると十中八九は水中りを経験する。
 生水を飲まないことを初め、どんなに注意を払っても避けることは出来ない。
 早い人で滞在し始めてから四五日、遅い人でも数週間以内には水中りの洗礼を受ける。

 日本の中においてさえ、昔から旅に出る人を「水が代わるから気を付けなさい」と言って送り出していた。
 土地が変われば水質が変わる。

 日本の飲料水は軟水であるのに対し、海外では硬水である場合が少なくない。
 この違いがもたらす人間の生理に対する影響は小さくないようだ。
 加えて水の衛生管理の問題もある。

 人間の体の約60%は水で出来ている言われる。
 水が代わるというのは、人間が体内に蓄積している水が入れ替わることだと解している。
 その入れ替えに伴う生体内での反応が水中りで、避けることのできない、いわば体の中にいらっしゃる水神様が代わる儀式のようなものだと思っている。

 それにしてもインドの水中りは凄まじい。
 私は概して軽い洗礼で済んだが、中には全く仕事が手に付かないほど苦しむ人もいた。
 日本に帰ってまた水が代わり、再び水中りしたという話も聞く。
 
 日本人はインドで水中りするが、同じように、日本に来たインド人も日本で水中りするのだそうだ。
 やっぱり、それぞれインドの水神様と日本の水神様による儀式であろう。



 朝凪の湖 (2020.6.9 山中湖村:山梨県)


 (2020年6月11日 山中湖にて)


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夏サリー

2020/06/09 Tue


    夏サリー話上手の鼻ピアス /むく

        (なつさりー はなしじょうずのはなぴあす)





 ポピー (2020.6.5 山中湖村:山梨県)


  インド

 メモに二〇〇三年の句とある。
 話上手…と心を打たれたのは
歴代ミス・インディアの一人だったように思う。

 あのツーショットの写真、逆光の上にひどいピンボケだった。
 撮ってくれた当人に後でそう言ったら、「他人の不幸は蜜の味」だと。

 インドへ行くようになったのは二〇〇〇年。
 初めてインドの土を踏んだのはそれより何年も前だったが。

 と言っても、初めての時は空港のターミナルビルで八時間ほど拘束されただけで、市街に出た訳ではない。
 先日ブログに書いたペスト騒ぎ(4月18日~19日の記事)に巻き込まれた時のことで、当時は「インドになど金輪際来るものか」と思った。

 それが二〇〇〇年から二〇〇五年にかけて三十回も行くことになろうとは。
 人の世は、全く分からないものだ。



 ポピー (2020.6.5 山中湖村:山梨県)


 (2020年6月9日 山中湖にて)


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プロフィール

渡邊むく

Author:渡邊むく
男性。岩手県生まれ宮城県育ち。商社勤務、産業技術英語通訳・翻訳者を経て現在はほぼ引退。愛妻ガンコちゃんと二人暮らし。引越し回数二十六回。現在の主な発信地は東京へも富士山へも約70kmの神奈川県秦野市。俳句は2000年から。リンクはどうぞご自由に。

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