渡邊むく俳句ブログ~まあおたいらに~渡邊むく俳句ブログ~まあおたいらに~ 2020年04月
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航跡もイルカの群も夕焼ける

チューリップ

2020/04/19 Sun

    玄関に子供自転車チューリップ /むく

        (げんかんにこどもじてんしゃ ちゅーりっぷ)





 チューリップ (2020.04.16 富士吉田市:山梨県)


 ペスト (2)

 古りにし旅の思い出 ――前回記事の続きです。
 
 キャセイパシフィック航空の地上職員に誘導されてターミナルビルに入った。
 空港とはいえ、インドの土を踏むのはこれが初めてだ。
 ボンベイ(現ムンバイ)はインドの中ではヨーロッパからの旅行者が一番多いゲートシティと聞いていたが、ターミナルビルは殺風景で、イランのそれとあまり変わりがなかった。

 観光客が多く、また古くから東西交易の要所として栄えてきた歴史を持つシンガポールのチャンギ国際空港などとは比べるべくもない。
 床はコンクリートを打っただけで、どこにもカーペットは敷かれていないし、無論、蘭の花などは飾られていない。

 私たち十二三人のビジネスクラスの乗客は、その出発ターミナルの人のまばらな一角に誘導された。
 そこで初めて、地上職員から事態の説明があった。

 「ボンベイ近辺で発生した“ペスト”(plague=プレイグ)が広まっているため、当機はドバイ空港から着陸を拒否されました。
 ご心配は要りません。
 皆さまにはヨーロッパ経由でドバイに向かっていただけるよう、他の航空会社と折衝しています。
 代替え便の手配が出来たらご案内しますので、それまでここで待機していて下さい。
 
 “ペスト”という言葉を聞いた途端、私は戦慄が走った。
 私同様に、十二三人のうちの約半分の欧米系の乗客も顔を曇らせた。
 残り半分の東洋系の乗客のほとんどは、事態がよく呑み込めていないような表情に見えた。

 その場には、もう日本人客室乗務員の姿もない。
 私は地上職員に申し出た。
 「日本人の渡邊と申します。
 他にも日本人の乗客がいらっしゃるようなので、今のことを日本語でお伝えしてもいいですか?」

 東洋系の乗客は全員が日本人だった。
 語学も堪能な商社マンが一人いたことは後になって分かった。
 ともかく、それを機にして私が日本人乗客とのコミュニケーション係のようになったのだが、その間のことは割愛する。
 つい通訳という職業意識が出てそうなってしまったというだけのことである。

 約束されているものと安心していたKLMオランダ航空の便には、結局乗ることが出来なかった。
 しだいに空腹を覚えて来たが、それを口に出す人は誰もいない。
 深夜なので開いている売店もない。
 たとえあったとしても、そこで何か買って食べようと思う乗客は一人もいなかったことだろう。

 それよりも喉が渇いた。
 いくつかの場所に空港職員が大きな透明のポリ容器に入ったミネラルウォーターを設置した。
 私たち十二三人の乗客に関する限り、それすら誰も口にしなかった。

 待つことおよそ七時間。
 キャセイパシフィック航空の地上職員が急ぎ足でやって来た。

 「皆さんにはドイツのルフトハンザ航空機でフランクフルト空港に行き、そこからドバイ行きの便に乗り継いでいただきます。
 ただし、ビジネスクラスの座席ではありません。
 エコノミーシートでご辛抱ください。」
 地上職員から受け取ったルフトハンザ航空機のボーディングパスを手に、私たちは搭乗口へと進んだ。
 
 搭乗口の近くはボンベイから脱出する便を待つ数百人の乗客でごった返していた。
 ビジネスクラスの私たちは優先されたのだ。
 自分たちは乗れないまま、時おり飛び立つ便に搭乗する幸運な乗客を目の前で見送るその人たちの苛立ちはいかばかりであろう。
 エコノミークラスより高い航空運賃を払っているのだから当然だとか、公平だとかは言えまい。
 ただ幸運だっただけである。
 口々に何か喚きたてているその人たちの視線から逃れるようにして、手にしたボーディングパスで顔を覆いながら機内へと向かった。

 フランクフルト空港でも長い時間機内で待機することとなった。
 検疫上の理由からであろうことは容易に想像がついた。

 結局は検疫を受けることはなく、乗り継ぎターミナルのラウンジでドバイ行きの便を待った。
 テヘランの事務所に電話を入れ、事情を説明し、到着が遅れることを伝えた。
 日本の留守宅にも電話をすべきか…と考えた。
 いや、半ば解決しかけている問題を今さら伝えても心配を煽るだけだ…と思いとどまった。

 ドバイには、当初の予定より二十四時間遅れで到着した。
 キャセイパシフィック航空とルフトハンザ航空の間で調整がなされていたようで、到着時にホテル宿泊用のバウチャーを受け取った。
 ホテルの部屋に入るや、水を吸った綿のようにどっと疲れが出て、泥のように眠った。

 あくる日、テヘランへ行くために空港に向かった。
 テヘラン行きのイラン航空の搭乗口で、イランの現地事務所長のF氏とばったり出会った。
 私より一日後に日本を出発したはずのF所長が、びっくりした顔で言った。

 「こんなところで何してるの?
 先に出発したんじゃなかったの?」

 F所長は私よりはるかに幸運だったようだ。

 (完)



 富士ざくら (2020.04.16 富士吉田市:山梨県)


 (2020年4月19日 山中湖にて)


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春の雪

2020/04/18 Sat

    農鳥の一度は現れて春の雪 /むく

        (のうとりのいちどはあれて はるのゆき)





 うららか (2020.04.16 富士吉田市:山梨県)


 ペスト

 とある古りにし旅の思い出――
 
 目が覚めると機はどこかの空港に着陸していた。
 まだ寝呆けている頭で、ここはどこだろう…と思い探っていると、機内アナウンスが流れた。
 「ボンベイ(現ムンバイ)からご搭乗のお客様は機内持込みラゲージを全てお持ちになり、キャビンアテンダントの指示に従ってターミナルにお戻りください。」
 英語だけのアナウンスである。

 どうやら、ここはボンベイらしい。
 香港からドバイに向かうその機が、途中でインドに寄港するとは思いもしないことだった。

 1994年9月下旬のその日の私の旅の目的地はドバイ首長国ではなく、ペルシャ湾を挟んだ対岸の国イランであった。
 ドバイを経由するのは、イランの首都テヘラン行きの便に乗り換えるためである。

 成田国際空港からテヘランへは、いつもはフランスのパリ、ドイツのフランクルト、時にはイギリスのロンドンを経由して向かうのだが、この時に限ってはなぜか南回りの旅程が組まれ、成田→香港(乗り継ぎ)→ドバイ(乗り継ぎ)→テヘランという航路になった。
 成田からテヘランへの最短路線はペキンを経由するイラン国営航空の直行便だったが、モノクラスでの運行であったため、ビジネスクラスのような広い座席が得られるとは約束されておらず、商用での日本人利用者には不人気だった。

 その直行便を私も一度だけ利用したことがある。
 幸い、実質的にはビジネスクラスと変わらない機内前方のゆったりした座席を確保することが出来たが、後方の席との仕切りカーテンを開けてみると、日本に働きに来ていたイラン人の男たちでほぼ満席で、通路は立ち話する男たちで塞がれ…といった状態で、その中に混じって乗っていたらそれだけで体調を崩してしまいそうなほど姦しかった。
 
 地球は丸い。
 イラン国営航空の直行便を除けば、シベリア上空を飛んでヨーロッパを経由する便の飛行距離は、ほぼ赤道の直下を横断してゆく南回り航路を取る便より短い。
 それが、その時に限ってどうしてキャセイパシフィック航空の南回り航路の便だったのか…。

 神戸に本社を持つある企業の海外プロジェクトの通訳としてイランに単身赴任していたのだが、イランの現地事務所所長F氏の一時帰国に合わせて私も特別休暇帰国した帰りの旅だった。
 私が不在の間は、仕事を短期の臨時通訳に代行してもらった。
 
 話をボンベイに戻す。
 機内アナウンスがあってから、私は周囲の席を見回した。
 ビジネスクラス・キャビンには乗客が十二三人ほどで、がら空きと言ってよかった。
 ボンベイからは誰も搭乗しなかったのか、立ち上がる乗客は一人もいなかった。

 乗客に混じって十人ほどのキャビンアテンダントが座っているのに気が付いた。
 前後左右、私は花のスッチーさんたちに囲まれて座っていたのだ。
 ハーレム状態である♪
 香港からボンベイまでの勤務を終えた彼女たちが、今宵の宿をボンベイではなくドバイで取ることになったのだろうと推測した。
 
 ふと、その十人ほどのキャビンアテンダントが、全員マスクを着用していることに気が付いた。
 みんな揃って風邪でもひいたのだろうか?

 また機内アナウンスが流れた。
 「香港で搭乗されたお客様も、機内持込みラゲージを全てお持ちになり、キャビンアテンダントの指示に従ってターミナルにお進みください。」

 いったい何が起きたのか。
 何の説明もないので、まったく狐につままれた思いである。

 「渡邊さま、大丈夫です。
 渡邊さまは二時間後に出発するKLMオランダ航空の便でアムステルダムに行けるようになる筈です。」
 励ますようにそう話しかけてくれたのは日本人のキャビンアテンダントだった。
 それまで、日本人乗務員がいることにも気が付かないでいた。

 ドバイではなくアムステルダムへ…とは。
 よほどただならぬ事態が発生したに違いない。
 そう思いながら機外に出た。
 『さまよえるオランダ人』ならぬ『さまよえる日本人』になろうとは…。

 スパイス市場のような匂いが漂う蒸し暑い夜風の中をターミナルへと向かいながら、自分に言い聞かせた。
 「慌てるな。
 こういう時はどう行動すべきかを考えろ。」

 (次回記事につづく)



 辛夷 (2020.04.16 富士吉田市:山梨県)


 (2020年4月18日 山中湖にて)


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花筏(はないかだ)

2020/04/17 Fri

    模擬店はみな町内会花いかだ /むく

        (もぎてんはみなちょうないかい はないかだ)





 5年前の隅田川の桜 (2015.03.28 墨田区:東京都)



 県外移動

 感染拡大地域が広がり続ける事態に、緊急事態宣言は全都道府県に対いて適用されることになった。
 少なくともGWが終わるまでは、県外への移動の自粛が強く求められる。

 術後が気になる横浜に住む娘のところへも、二か月近く様子を見に行っていない。
 資材が入荷しないのでリフォーム工事が進まず、秦野のマンションに引っ越すことも出来ない。
 娘のところにも富士山にもなるべく近くと思って決めた転居だったが。

 その秦野の団地の管理組合の理事さんから電話があった。
 「来月総会があるんですけど、議決権行使書を郵便ポストに入れておいていいですか?」
 郵便で山中湖に送ってもらうことにした。

 先日、長野県の別荘地軽井沢には首都圏からコロナ疎開する人が増えていることが報道されていた。
 昨日のテレビのニュース番組の画面には、「感染拡大対策強化期間中」などと書かれた胴衣を着用した長野県の職員5人が、JR軽井沢駅の改札口に立って、長野新幹線で県外から来た人々に無言で協力を求めている姿が。
 鉄道駅ならそんなアピールをすることも出来るが、高速道にはそんな「関所」がない。
 サービスエリアなどに移動自粛を求めるポスターを掲示するのだとか。

 その昨日は、天気が下り坂で昼過ぎから雨になるという予報だったので、朝食を済ませてすぐに日課の散歩に出かけた。
 館の駐車場に止まっていた首都圏ナンバーの車に、高齢の男性を伴ったご夫婦らしい人たちが乗り込んでいるところだった。
 これからご自宅に戻ろうとしているように見えたが、午前7時を過ぎたばかりの光景としては珍しい。
 緊急事態宣言によって移動が難しくなることを見越して、高齢のご家族を連れ戻しに来られたのかな、と思った。

 横浜ナンバーのままの車に乗っているガンコちゃんと私も、県外から来た人に見えるに違いない。
 村のスーパーに買い物に行くときも、車には「県外移動車ではありません」と貼紙して行く…というのも、なんだか…。

 暖房の効いていてWiFiもつながる館のロビーには、更けるまでノートパソコンと向かい合っている二十歳前後の青年が一人、毎夜のようにいる。
 だいぶ長いこと滞在しており、移動はしていないらしい。
 彼の目には、私は更けてから毎夜のように自販機の缶ビールを買いにエレベーターで下りてくる老人にちがいないが。
 昨夜は似たような年頃の青年が、もう一人いた。

 今日は金曜日。
 普段なら来館者が増える日。
 東京や千葉県のパチンコ店が休業した結果、近隣の茨城県のパチンコ店の客が増えたそうだ。
 緊急事態宣言を全都道府県に広げたことによる山中湖への移動自粛の効果はどうなってゆくだろうか。
 ちょっと意地悪だが、観察の目を向けてみたい。

 近頃、「体調はいかがですか?」という厚生労働省からのアンケート調査がLINEで来るようになった。
 都度、第1回…第2回調査として、もう3回も届いた。
 世の隅で辛うじて生きている私ごときまでご心配してくださるのはありがたいことだが、どうして私がサンプリングの対象になったのかは皆目分からない。
 高齢者を対象にした調査のようだが、厚生労働省は私がLINEを使っていることをどうして知っているんだろう?

 「ご心配ありがとうございます、おかげさまでLINEを使うぐらいの元気はございます」と伝えたかったが、ただチェックボックスに印を付けるだけで、質問の回答以外のことは何も伝えられないアンケートだった。
 そもそも「人にものを尋ねるには聞き方というものがある」、というのが日本の伝統文化ではなかったか。
 “やぶからロボット”とでも言うべきような、一方通行で失礼なものの尋ね方ではないか、という気がするのだが。

 国民の不安を抑えるようにして導入されたマイナンバーカード制度は、こういうことに活用するためのものだったのだろうか?

 「溺れる者は藁にも縋る」と言う。
 マイナンバー制度がそんな形で運用されているのだとしたら嘆かわしい。

 国民はもはやアナログ人間であることは許されず、デジタル化しない国民はこうした調査からも切り捨てられるのか?
 怖い世の中になってきた。

 しばらく前には、「あなたが昨年12月〇〇日に購入した秦野市〇〇町〇〇番地の物件の取引価格はいくらでしたか?」という国土交通省からのアンケートも郵便で届いた。
 得体が知れず薄気味悪いので放っておいたら、「回答をいただいておりません、調査にご協力ください」という催促が来た。
 仕方なく郵便で回答は送ったが、いったいどこからこんな個人情報が流れる仕組になっているんだろう?



 青踏 (2020.04.12 富士吉田市:山梨県)


      青き踏み大きな靴と小さき靴 /むく(旧詠)

 (2020年4月17日 山中湖にて)


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富士桜(ふじざくら)

2020/04/16 Thu

    富士ざくら靄の這ふ日を選み来し /むく

        (ふじざくら もやのはうひをえらみきし)





 富士ざくら (2020.04.12 富士吉田市:山梨県)


 フジザクラとは「マメザクラの別称」とされている。
 土地土地によってさまざまな呼び名があるようだ。

 マメザクラという名前を覚えたのは鎌倉だったか。
 さる古刹の庭だったと記憶する。
 なるほど小さな花だ、と思った。

 丹沢山塊の大山(阿夫利山)で見たマメザクラには、木に「オオヤマザクラ」の銘板が貼られていた。
 箱根でもよく見たが、銘板を見たかどうかは覚えていない。
 「ハコネザクラ」とは呼んでいないのではなかろうか。
 箱根では、私は出会ったマメザクラをことごとくフジザクラと呼んでいた。
 いつどこで、そう覚えたのだったか、定かではない。

 箱根よりも富士山に近い御殿場で二年ほど暮らした。
 寓居の庭、公園、富士山南麓で出会うマメザクラを、全てフジザクラと呼んでいた。

 富士山南麓にもフジザクラの見事な群生地がある。
 私がよく覚えているのは標高1400メートル前後の場所で見た群落。
 自然のまま、特に整備もされていなかった。
 整備されていないと散策する気にもなれないという人には、お勧めの場所ではないかもしれない。

 富士山北麓のフジザクラは、南麓のそれとは少し趣が違うように思う。
 日当たりの差のせいか、落葉松などの高木の林の中に咲くせいか。
 どちらも正しいかもしれない。
 全般に、北麓のフジザクラは南麓と比べてやや暗い印象があるように思う。
 また、それが北麓らしくて佳い。

 フジザクラの木の幹には梅苔が生える。
 木だけ見ると、桜というよりは梅のようだ。

 ある日、小雨がけぶる中で道脇のフジザクラを見た。
 美しかった。
 繊細で譬えようもないほど美しかった。

 北麓のフジザクラは、靄の残る朝のうちや雨もよいの空の下で見るのが殊に佳い。
 そういう偶然に恵まれた人は幸運かもしれない。
 終日、あるいは何日でもそこで見ていたいが、現実はそれを許してくれない。

 写真を撮った場所は、かつてNHK大河ドラマ『義経』の冒頭シーンに毎回使われたフジザクラの群生地である。
 保護・整備がなされており、歩きやすい道が巡っている。
 見ごろにはまだ早いだろうとは思ったが、見逃してはならじと足を運んだ。

 朝が早かったせいが、誰にも出会わなかった。
 もちろん、桜まつりなどは中止されている。
 訪れる場合は、念のために鈴などの熊除けグッズを装備してゆくことをお勧めする。
 特に、「富士ざくらまつり」も中止になって人の少ない今年は。



 富士ざくら (2020.04.12 富士吉田市:山梨県)


 (2020年4月16日 山中湖にて)


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山笑う

2020/04/15 Wed

    山笑ふばつこやなぎに雄木と雌木 /むく

        (やまわらう ばっこやなぎにおぎとめぎ)





 春陽 (2020.04.14 山中湖村:山梨県)


 時節がら遠出は控え、外出はなるべく日課の散歩に留めている。
 うっすらと積もるほど降った淡雪が霙に変わり、やがて雨となって降り続いた昨日は外に出られなかったが。

 その雨の中を「買い出し」に行ったガンコちゃん。
 「帰る前に電話して」と言ったのに電話は来ず。
 一週間分の補充食糧を一人で運んで帰ってきた。

 寓居は最上階の5階にある。
 運動のために、散歩の行き帰りは歩いて階段を上り下りするようにしているが、さすがに買い出しの荷物を抱えてではそうも行かず、エレベーターを使ったと言う。

 村に一つしかないスーパーは、売り場面積もそう広くない。
 少しでも混雑させたくないと思って二人で話し合い、買い出しにはガンコちゃん一人で行くことにしたのだったが…。
 これからはスーパーまでは一緒に行って、私は車の中で待っていることにしようか。
 その間にスーパーの向かいにあるドラッグストアに行き、すっかり値段が高くなった「おひとり様1袋」に限定のマスクを買ってくることにしよう。
 中国製でも、他になければ仕方がない。

 新型コロナウィルスによる影響は長閑な村のスーパーにも及んでいる。
 「みんなピリピリしていている感じだった」と、雨に濡れた靴を石油ファンヒーターの前に置いて乾かしながらガンコちゃん。
 スーパーの空気は、緊急事態宣言が出されてからこの一週間で一変したようだ。

 4月6日の入学式、始業式から開校していた村の小・中学校は16日から再び休校するという。
 周辺の市町村と歩調を合わせたようだ。
 子供たちも不安にちがいない。

 散歩の途中で前を通る給食センターから漂ってくるお腹の空く匂いも、またしなくなる。
 働いている人たちも気が気ではなかろう。



 杓子山 (2020.04.14 山中湖村:山梨県)



 バッコヤナギの花を食べるヤマガラ (2020.04.14 山中湖村:山梨県)


 (2020年4月15日 山中湖にて)


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菫(すみれ)

2020/04/14 Tue

    熔岩の道どの菫にも立ち止まり /むく

        (らばのみち どのすみれにもたちどまり)





 スミレ (2020.04.06 山中湖村:山梨県)


 スミレは好きな花だ。
 冬すみれのような小さなスミレは、ことに好きだ。

 子供の頃のことから老いた今のことまで、スミレにはいろいろな思い出がある。

   貝塚の埋め戻されて花すみれ /田島伸枝

 かつて、貝塚の近くに転居した我が家を訪ねてくださった義母の句。
 スミレを見るといつも思い出す。

 「義母」とはよそよそし過ぎる。
 ガンコちゃんの母上は、誰よりも好きな私の母でもあった。

 財政投融資

 若い頃、少しだけ経済学をかじった。
 その頃に始まって今に至るまで、 「財政投融資」のことはいつも頭から離れない。

 無用なストレスが溜まる原因の一つは、思うことを口にしないからかもしれない。
 思っていることを口にしないのは、利口か卑怯かのどちらかだ。

 さて、どうしようか。
 鳥や花に聞いてみよう。


 (2020年4月14日 山中湖にて)


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花人(はなびと)

2020/04/13 Mon

    花人のさびしき今年ウィルス禍 /むく

        (はなびとのさびしきことし うぃるすか)





 春水 (2020.04.12 富士吉田市:山梨県)


 山中湖村より少し標高が低い隣の富士吉田市は、びっくりするほどの春景色に。

 覚えてますよ、麻生さん

 4月1日、麻生副総理兼財務大臣は、参議院決算委員会での答弁で、自らが首相であった2008年に発生した世界金融危機、いわゆる「リーマンショック」に対する景気浮揚政策として2009年に実施した定額給付金(実質的には減税と言える)について、「二度と同じ失敗をしたくない」、「(国民に)うけなかった」、「何に使ったか誰も覚えとらんでしょ」と。
 自分が決断して実施した政策を「失敗だった」と認める麻生財務大臣の正直さと勇気には、ちょっと驚かされた。
 なかなか真似の出来ることではない。
 真の人格者として見直すべきか、とさえ思った。
 しかし、「何に使ったか誰も覚えとらんでしょ」とまで言ったことには感心出来なかった。

 財務大臣の発言をテレビニュースで聞きながら、何に使ったかを即座に思い出すことが出来なかった私は、思わずガンコちゃんに訊ねた。
 「あの給付金、何に使ったんだっけ?
 覚えてる?」
 「自転車買ったでしょ。」
 「あ…あのママチャリ、そうだったね。」

 麻生さん、何に使ったか、我が家ではしっかり覚えていましたよー!


 (2020年4月13日 山中湖にて)


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ねこやなぎ

2020/04/12 Sun

    元気出せとふふむよ山のねこやなぎ /むく

        (げんきだせとふふむよ やまのねこやなぎ)





 雌木のバッコヤナギ(ヤマネコヤナギ)の蕾 (2020.04.06 山中湖村:山梨県)


 作り置き

 昨日の日記に「蕗・ぜんまい・筍・こんにゃく・豚肉の炊き合わせは作り置きを止めている」と書いたが、止めたのはそれだけで、作り置きそのものをしなくなった訳ではない。
 健康のために小食を心掛けている老夫婦二人だけの暮らしなので、作り置きと言っても量的にはたかが知れている。
 が、新型コロナウィルスの感染拡大が収まらないことでもあり、計画的にまとめ買いしたり作り置きをしたりして、スーパーに買い物に行く回数をなるべく減らすようにしている。

 買い物に行くのは週1回。
 スーパーが混雑する週末は避けて、平日に行く。
 補充が必要な食材を毎日リスト化し、出来る限り完璧にまとめた1週間分の「買い出しメモ」を持ってスーパーに行く。
 必要がない陳列棚には目をくれず、スーパー内に滞在する時間を最小化している。
 ウィルス禍の中、おそらくは大半の方が同様のことを心掛けていらっしゃるには違いないと思うが。

 我が家の献立は糖尿病を持つ私を中心したもので、いわば病人食。
 働き盛りのご家庭や育ち盛りのお子さんがいるご家庭に、そのままお薦めすることは出来ない。

 主食であるご飯とパンは、特に作り置きという訳ではないが、一度に三食分を作る。

 ・朝食用のパン3日分: 材料は北海道産全粒粉270gと、砂糖、塩、食用油、レーズン、イースト。
 ホームベーカリーで焼く。
 焼きあがったパンはスライスして、2日分は冷蔵保管し、食べるときに電子レンジで温める。

 ・玄米入りご飯3日分: 玄米7割、精米3割の米を2合炊く。
 5割だった玄米の割合を、ごく最近7割まで増やした。
 炊きあがったご飯は6等分し、2日分は冷蔵保存する。
 冬場は雑炊にして食べていたが、雑炊に欠かせない白菜の季節も終わりつつあるので、白粥に切り替えた。

 昼は日本蕎麦にしているが、乾麺なので作り置く必要はない。

 惣菜はいろいろだから省略するが、ゴボウ・ニンジン・こんにゃく・厚揚げなどの炊き合わせは常に冷蔵庫に入っている。

 二人暮らしでも、一週間分の「買い出し」の荷は結構な重さになる。
 ガンコちゃん一人に任せることは、男として恥だと思うので出来ない。
 “荷物運び係”として私も同道することが多い。

 携帯電話を活用するなど、工夫をすれば買い物は一人でも済む。
 実践しようと思っている。



 雌木のバッコヤナギ(ヤマネコヤナギ)の花 (2020.04.06 山中湖村:山梨県)



 雄木のバッコヤナギ(ヤマネコヤナギ)の花 (2020.04.06 山中湖村:山梨県)


 (2020年4月12日 山中湖にて)


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鶯(うぐいす)

2020/04/11 Sat

    画眉鳥のうぐひす真似てゐるつもり /むく

        (がびちょうの うぐいすまねているつもり)





 春光 (2020.04.04 富士吉田市:山梨県)


 オンライン診療

 4月10日付で、厚生労働省は「初診からオンラインや電話で医師の診断を受けたり薬の処方を受けたりできる仕組み」を週明けから始めると発表した。
 初診も含めることについては、新型コロナウィルスの蔓延が収まるまでの“特例中の特例”としてと限定すべしの意見もある。
 たしかに、無条件で診療を恒久的にオンライン化することには様々な問題もあるように思う。

 しかし、全国には私と同様の慢性疾患で通院している人も相当数いるはずだ。
 私自身がそうであることが多いように、糖尿病のような慢性疾患での通院は、「もうすぐ薬が無くなってしまうから」が主な理由である場合が多いのではないだろうか。

 何しろ緊急事態宣言発令下である。
 オンライン診療システムを導入することによって医療施設は混雑が緩和され、不要な院内感染も避けられることが、大きく期待出来るのではないだろうか。 
 また今回のような非常時に限らず、オンライン診療の普及は医療の合理化に大きく貢献出来るのではないかと思う。

 今回の厚生労働省の発表は、同省が平成30年に定めた「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に基づいていると思われる。
 同指針の骨子は、診療、診察といった医療のうち、可能な一部の業務についてはオンライン化を促進しようということかと思う。
 もちろん、オンライン化するためにはシステムの導入が必要である。
 さまざまな条件もクリアしなければならない。
 が、指針が定められてから2年を経過した現在も、オンライン化がそれほど普及してきたとは思えない。

 患者の立場からすれば、例えば転院が必要な場合でも、医師に「◯◯クリニック 院長 ◯◯◯◯先生 侍史」と宛名書きされた紹介状(医療情報提供書)一つを書いていただくにも、遠慮しながらお願いして、頂戴するまでに何回か足を運ばなければならない状況がある。

 医療の合理化と質の向上のために、詳細な既往歴を含む医療情報をネットワーク化して共有することや、患者の症状に特に異常な変化がない限りは慢性疾患の継続診察や治療薬の処方といった業務をオンライン化すること等は、速やかに普及を図って欲しいと思う。

 糖尿病

 糖尿病の薬を処方してもらうようになって、かれこれ10年になる。
 はっきりとは覚えていないが、現在の測定法によるHbA1c値(%)にすると、6.5を超えていたのだろう。

 HbA1cは「ヘモグロビンエーワンシー」、「グリコヘモグロビン」(glycohemoglobin)とも呼ばれ、糖尿病の発達状態をもっともよく示す指標とされている。
 かつて、HbA1c値はJDS(日本糖尿病学会=Japan Diabetes Society)が定めた測定値であるHbA1c(JDS)で表されていたが、JDS値は国際的に使用されているNGSP(米国グリコヘモグロビン標準化プログラム=National Glycohemoglobin Standardization Program)値より0.4低いという問題があったため、両方を併記する約2年の移行期間を経て、2014年4月以降はHbA1c(NGSP)のみで表記するように統一された。

 HbA1c値は血液中のブドウ糖が多いほど高くなり、測定値が5.5%以下であれば「基準範囲」、5.6~6.4%は「要注意」、6.5%以上が「糖尿病型」とされている。
 だが、私は門外漢であって、ここで医学の専門的な話を書こうとしているのでない。

 私の糖尿病は、成人病検査を受けるようになった35歳以降、毎年目にし耳にしてきたHbA1cをコントロールする努力を怠ってきた結果の立派な生活習慣病、つまり自分で招いた病気に他ならない。
 (偉そうに言うことではないが。)

 4年ほど前、HbA1c値が8.8というレベルまで上がったことがある。
 主治医からは「いつ肝硬変になっても、いつ失明してもおかしくない状態」だと言われた。
 さすがに、そこまで“脅かされ”ては、「何とかしなくてはならない」という気持になった。
 日本糖尿学会の「糖尿病食事療法のための食品交換表」や同書の「活用編」(献立)を買い、ガンコちゃんの協力を得て、より真剣に食事療法に取り組むようになった。

 体格や運動量にもよるが、一般的に糖尿病患者に推奨されている1日当たりの摂取カロリーは1,400kcal。
 この制限値は、毎日3,000kcal程度の食事を摂っている人にとって、一日で守れるようになる数字ではない。
 私も、三日坊主になっては間食に走り、ストレスに負けては甘いものに手を伸ばし、といったことを繰り返していた。

 山中湖に住む前に、御殿場のセカンドハウスで二年ほど暮らした。
 大方は一人で、毎日自炊した。
 ごはん、パン、麺類といった主食の量はなるべく減らすように努力した。
 (酒とたばこは減らなかったが。)

 切干し大根、ひじきの煮物、蕗・ぜんまい・筍・こんにゃく・豚肉の炊き合わせなど低GIの惣菜を作り置きして、常に切らさないようにした。
 キャベツ、レタス、トマトなどの生野菜も、我ながら呆れるほどよく食べた。
 空腹感を抑えるために、寒天やナタデココもよく食べた。
 (酒もよく飲んだ。)
 
 野鳥や季節の草花を観ながら半日ほど散歩をしたり、金時山や愛鷹山にも登ったりと、我ながらよく運動もした。
 おかげでHbA1C値は徐々に下がり、7.0を超えることはなくなった。
 が、ひとまずは安心というレベルまで下げることは出来なかった。

 義母が他界し、介護・看護から解放されたガンコちゃんと一緒に過ごす時間が増えた。
 セカンドハウスを御殿場から山中湖に替えた。
 以来二年、常にガンコちゃんの厳しい“監督下”で過ごしてきた。
 長年診ていただいてきた横須賀の主治医は替えなかった。
 月1回は、主治医の診察を受け薬を処方してもらうために横須賀に帰った。
 
 HbA1cの更なる改善がなかなか見られないので、昨年の夏ごろからもう一段徹底した食事改善に取り組むようになった。
 主食の量をさらに減らし、血糖値の急上昇を抑えるように低GI食品を摂り、主食を最後に食べるように食べる順番を変えた。
 ご飯は夏はお粥、冬場は雑炊にして食べるようにした。
 ホームベーカリーを買ってパンも手作りにするようになり、秋からは北海道産の全粒粉でパンを焼くようになった。
 (遺伝子組み換えによる輸入小麦で作ったパンは食欲を暴走させると言われている。)
 玄米は炊飯にかなり時間がかかるが、お粥も雑炊も精米と玄米を半々に混ぜて炊くようになった。
 目下、玄米の比率をもっと高くするように取り組んでいる。

 惣菜も変わった。
 低GIとはいえ、繊維質の多い食品ばかり食べていると胃に負担がかかり過ぎるため、蕗・ぜんまい・筍・こんにゃく・豚肉の炊き合わせは止めている。
 (お気に入りのマイ・レシピだったが。)

 もともと家で揚げ物はしないことにしているが、買ってくることも稀である。
 ここ一年、お付合いでの会食を除いては天婦羅も口にしていない。
 肉はもっぱら鶏肉で、牛肉や豚肉は滅多に口にしない。
 EPAの豊富なサバ缶を、野菜サラダに混ぜてよく食べている。
 野菜は、牛と比べてどうかは分からないが、羊並みにたくさん食べているのは間違いないだろう。

 粗餐も慣れると何でも美味になる。
 無理をしたり我慢して言っているのではない。
 ごく自然にそうなった。
 一日の相当な時間を炊事に割いてくれているガンコちゃんには頭が上がらない。

 体重も一時より8kgほどは減った。
 が、私以上に、毎日私の食事メニューに付き合ってはいるがよく食べてもいるガンコちゃんのほうが、減量成果が目覚ましい。
 ときどき、「あなたの体重はどうして減らないの?」と詰め寄られる。
 せいぜい真夜中にこっそりワンカップを飲むだけで、お腹に石ころや鉛を詰め込んでいる訳ではない。。。

 昨年十一月(忍野村のクリニック)、十二月(横須賀の主治医)、今年三月(これから住む秦野の新しい主治医)と計3回行った直近の血液検査では、HbA1c値がいずれも5.8~6.0に下がった。
 コレステロール値をはじめ、その他の検査項目も、中性脂肪値がまだ若干高いほかは全て正常範囲になった。
 にわかに顕れた改善効果に初めは半信半疑だったが、3回連続して同じ結果であったことから、かなり改善(数値上ではあるが)されたことは明らかだ。
 十年間お世話になった横須賀の主治医に、最後になってやっと良い検査結果になったことを、お世辞にも大いに喜んでいただけた。

 ここまでの改善は半ば奇跡…と私も喜んでいるが、安心は出来ない。
 努力を持続しなければ、たちまち元の木阿弥になることは必定。

 生来のんびりした性格であるらしく、人には日本人ではなくイタリア人だろうと言われたこともある。
 そのことをイタリア人に話したら、「いや違う、イタリア人じゃなくてスペイン人だ」と言われた。
 なんでも、スペイン人の楽天家ぶりはイタリア人も脱帽なのだとか。
 何十年もかけて悪化した病を、ひと月で治そうなどとは思っていない。
 半分良くなるのに十年かかかったのだから、あと十年かけて、死ぬ頃までに完治すればいい…と言うのは冗談だが、糖尿病を克服するのは持久戦だということは確かであろう。

 秦野の新主治医への次回通院予定は4月17日。
 しかし、新型コロナウィルスが蔓延している中、遠くまでの移動は控えたい。
 今日、新主治医と電話で相談し、新型コロナウィルスの感染拡大が収まるまでは忍野村のクリニックに通うことになった。

 去年、忍野村の先生には、感染症にかかって片足切断かというピンチを救っていただいた。
 「医は仁術なり」を地で行っているような、頼りになる老先生にまたお会いできるのは嬉しい。
 しかし、転居を視野に入れて既に秦野の主治医のもとに通うようになった今としては、オンライン診察がどこでも可能になっていれば…と、残念に思う。



 レンズ雲 (2020.04.04 山中湖村:山梨県)


 (2020年4月11日 山中湖にて)


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「雛」掲載句(2020年)

2020/04/10 Fri

   掲載句・掲載記事 (2020年)





  『雛』 2020年3月号


        一の酉やげん堀とは粋な苞

        (いちのとり やげんぼりとはいきなつと)
        2020年3月号 福神規子主宰選



        颯々と老いゆく音の落葉踏む

        (さつさつと おいゆくおとのおちばふむ)
        2020年3月号 福神規子主宰選



        日向ぼこ牡鹿の角のちよと動く

        (ひなたぼこ おじかのつののちょとうごく)
        2020年3月号 福神規子主宰選



        ふるさとの恋しき日なり雪もよひ

        (ふるさとのこいしきひなり ゆきもよい)
        2020年3月号 福神規子主宰選

 選評(秀句鑑賞): たしかむくさんのふるさとは北の地だと伺った。ふるさとはいくつになっても恋しいものだ。「雪もよひ」の季題を得て、一句は詩になった。

句 集 を 読 む

小島一慶句集 『入口のやうに出口のやうに』


 小島一慶さんは主にラジオを舞台に五十年間活躍してこられた著名なアナウンサー。句歴十二年ということだが、昭和十九年のお生まれなので、俳句を始めたのは還暦を過ぎてからということになる。

   道は未知孫六歳のクリスマス

 こんな好々爺然とした句も作者像の一面ではある。しかし、この句集の読者の多くは、むしろ作者の感性の若々しさや詩精神のしなやかさといった面に驚かされるのではないかと思う。

   この先の狂気は知らず初桜

   入口のやうに出口のやうに夏至

   きつと居る浮かぬ顔している水母

   棒立ちといふコスモスのなかりけり

   後の月砂丘は影を置くところ

 対象の捉え方のユニークさや巧みさが際立つ。
 ラジオアナウンサーは言葉と常に真剣の立ち合いが求められる職業。句集の「あとがき」には、その苦労話も披歴されているが、その中で作者は、「アナウンサーの言葉はひたすら外へ向かう」、「沈黙が怖い」、それに対して「俳人の言葉はひたすら内へと向かう」、「沈黙を怖れない」と記している。俳句に惹かれた所以であると言う。

   まんじゆしやげ二度つぶやけば呪文めく

 一見ひょうきんとも取れる軽妙な句だが、話芸の達人である作者が、「呪術性」という言葉の持つ本質の一つをいかに強く意識しているかを窺わせる句である。

   如何やうな罪の烙印山女の斑

 女学生の頃は愚妻も小島一慶ファンだったというほどだから、言葉使いの達人である作者は女性にも大もてだったに違いない。秘かなロマンスがマスコミの俎上に載ったりもした。

   恋なのか愛なのか春泥なのか

   もて余す小骨鰊も人生も

 作者の古傷に触れようというのではない。「叩けば埃の一つや二つ」は誰にもある。

   円熟の果てにありけり柘榴の実

   醜聞といふ華やぎや枯蓮

 家族への過去の不忠も包み隠すことをしない正直な作者である。この句集はそのご家族の温かい協力があって結実したという。

   告白にとほき告知や星祭

 作者は平成三十年七月にステージ4の肺がんの告知を受け、現在闘病中とのこと。作者のご快癒と長命を祈って止まない。作者の母を偲ぶ句を最後に本稿を閉じます。

   秋風やからんと軽き母の骨




  『雛』 2020年2月号


        新しき鹿の疵増え森冬に

        (あたらしきしかのきずふえ もりふゆに)
        2020年2月号 福神規子主宰選



        玄孫と筑前ことば日向ぼこ

        (やしゃまごとちくぜんことば ひなたぼこ)
        2020年2月号 福神規子主宰選



        黄落のもつとも窓を明るうす

        (こうらくの もっともまどをあかるうす)
        2020年2月号 福神規子主宰選




  『雛』 2020年1月号


        見違へて予後を元気に秋の犬

        (みちがえてよごをげんきに あきのいぬ)
        2020年1月号 福神規子主宰選



        鵙高音お中道より下り来しや

        (もずたかね おちゅうどうよりおりきしや)
        2020年1月号 福神規子主宰選



        秋日和全粒粉のパンを焼く

        (あきびより ぜんりゅうふんのぱんをやく)
        2020年1月号 福神規子主宰選

 選評(秀句鑑賞): 全粒粉とは小麦の粒の表皮や胚芽をすべて挽いて粉にしたもので、普通の小麦粉より栄養価が高く、少し茶色っぽいそうだ。秋日和の一日、作者はエプロン姿に見様見真似でパン作りに励まれたようだ。果たして全粒粉のパンがこんがりと焼きあがった。いかにも健康に良さそうだと満足気な作者の笑顔が見て取れる。



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                月刊「雛」: 編集・発行人 福神規子
                発行所:   〒155-0033 東京都世田谷区代田6-9-10 雛発行所
                誌代:    月900円(年間10,800円)。

 ※ 「雛」の見本誌をご希望の方は上記発行所にご請求ください。
    (または、当ブログのコメント欄にその旨をお書き込みくだされば取次いたします。)
 ※ 「雛」は、高濱虚子、星野立子に師事し、ホトトギス本流の諷詠の道一筋に歩みながら独自の詩境を耕された先師、高田風人子先生主宰の「惜春」の後継誌として発足した、福神規子先生を主宰とする未来を志向する句誌です。)




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プロフィール

渡邊むく

Author:渡邊むく
男性。岩手県生まれ宮城県育ち。商社勤務、産業技術英語通訳・翻訳者を経て現在はほぼ引退。愛妻ガンコちゃんと二人暮らし。引越し回数二十六回。現在の主な発信地は東京へも富士山へも約70kmの神奈川県秦野市。俳句は2000年から。リンクはどうぞご自由に。

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