灯籠や今も引揚桟橋と むく

秀句鑑賞-春の季語: 暖か(あたたか)

2013/12/30 Mon

December 30 2013

伊藤通明

       世の隅といふあたたかきところかな

 人は時に来し方を振り返って自分が今いる場所を確かめる。その時、これまでもそして今も、人生は「あたたか」だと肯定できることは幸せ。物質偏重の思考からは辿り着けない価値観である。俳句の社会的な意義の一つは、エスカレートする一方のマテリアリズムに対して警鐘を鳴らす役目を担っていることだと言えよう。勝ち組だの負け組だのと人間を色分けする考え方は、物質的な豊かさだけで人間の価値を判断しようとする、いわば現代病である。俳句は感情に発して心の豊かさを追求する人間讃歌の文芸。自分のいる場所を「世の隅」と言う作者の庶民的な認識もまた、その心の豊かさを示すものに他ならない。俳句は呪文でもある。平明で忘れられなくなりそうな秀句。(渡邊むく)

 【伊藤通明(いとう・みちあき):昭和10年(1935年)福岡県生まれ。『白桃』主宰。『月刊俳句界』2014年1月号より。】



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秀句鑑賞-秋の季語: 鳳仙花(ほうせんか)

2013/12/27 Fri

December 27 2013

中村零城

 鍵掛けぬ村の昼餉や鳳仙花

 鳳仙花は秋の季語だが咲くのは夏休みの頃で暑い盛りである。「家の作りやうは、夏をむねとすべし」と兼好法師が徒然草にも書いているように、日本の家屋は夏過ごしやすいように建てるのが伝統だった。開閉が自由で取り外しさえ可能な襖で部屋を仕切るのも風通しを良くするための工夫。日本文化はこうした開放的な住空間の中で育まれてきた。エアコンを使用することを前提にした現代家屋は閉鎖的で家も家族も風通しが良くない。節電に励んだ三・一一後の夏は、「暑き頃わろき住居は、堪へがたき事なり」(徒然草)と実感した人も多いはず。かつては「水と安全はタダの国」と自慢できた日本。近年はそれも怪しくなってきたが、作者は今も昔ながらの開放的な夏の暮らしをしていて得意そうだ。実がはじけては勝手に種を飛ばして殖える鳳仙花がよく似合う。

【中村零城:岐阜県在住。『惜春』2013年12月号より】



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Author:渡邊むく
職業:産業技術英語通訳・翻訳者。男性。俳句歴:2000年より。(主な発信地:神奈川県横須賀市、静岡県御殿場市)

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