BGM: Contigo en la Distancia - Chris Botti (Trumpet)


湖を描いてゐる花合歓の下 むく

秀句鑑賞-夏の季語: 夜濯(よすすぎ)

2013/10/29 Tue

October 29 2013

蔵本聖子

 夜濯よすすぎや明日は祝賀の旅へ発つ

 季語は夜濯で夏。去る七月に横浜で行われた、高田風人子先生が主宰する『惜春』の創刊三百号記念大会での詠。温かく送り出してくれる家族への感謝と気遣いが手に取るように伝わってきて、きっと遠方からお出でになられたんだろうなぁ…と、互選の時に胸が熱くなった挨拶句である。が、そのような具体的状況を知らずに観賞しても、きりのない家事に後ろ髪を引かれながらも心待ちにしていた旅に決然と出立する、主婦である作者の心情が彷彿として余韻の深い秀句、と言えるのではないだろうか。旅行中は何度も留守家族の心配をしていたかも知れない。(渡邊むく)

 【蔵本聖子:『惜春』会員。福岡県在住。『惜春』2013年10月号より。】



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秀句鑑賞-秋の季語: 案山子(かかし、かがし)

2013/10/11 Fri

October 11 2013

与謝蕪村

 秋風の動かして行く案山子かな

 宝暦十年(1760年)秋、一緒に筑紫へ旅に出ないかという雲裡坊青飯(うんりぼうせいはん)の誘いを蕪村は断った。掲句は旅立つ雲裡坊への“はなむけ”。すでに六十路の雲裡坊に対して、蕪村は案山子に託し、秋風に心動かされはするものの行くことができず、口惜しい限りでお見送りします(どうぞお達者で)と詠んでいるのだ。この年蕪村は四十五歳。谷氏を捨てて釈氏の出家僧だったが既に還俗していたようで、与謝氏を名乗っている。二十歳年下のとも女と結婚したのもこの年。画業も忙しかったようだが、雲裡坊の誘いを断ったのは結婚を控えていたためでもあっただろうか。(渡邊むく)

 【与謝蕪村(よさ・ぶそん):享保元年(1716年)-天明3年12月25日(1784年1月17日)。摂津国東成郡毛馬村(せっつのくに ひがしなりごおり けまむら)(現大阪市都島区毛馬町)生まれ。】《参照》高橋庄次著『蕪村伝記考説』(春秋社)



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秀句鑑賞-夏の季語: 青鷺(あおさぎ)

2013/10/10 Thu

October 10 2013

与謝蕪村

 夕風や水蒼鷺あおさぎはぎをうつ

 季題は青鷺で夏。一幅の日本画を見ているような気持ちになる句で、説明は何も要らない。と言い切った後では蛇足になるが、この句について気付いたことを少し。「水」は、蕪村が居を構えていた京の町を流れる鴨川の水を想う。「水、蒼鷺の」という、助詞を省いた漢文読み下し調が、景色の清明さを一層際立たせる。「脛(はぎ)をうつ」によって、「水」は流れる浅瀬であることを表現。「脛」は足の膝から下の「すね」のことを指す。「さぎ」と「はぎ」の二つの言葉がよく響き合い、音としての言葉選びが周到である。特に好きな蕪村句の一つ。安永三年(1774年)、蕪村五十九歳の時の詠。(渡邊むく)

 【与謝蕪村(よさ・ぶそん):享保元年(1716年)-天明3年12月25日(1784年1月17日)。摂津国東成郡毛馬村(せっつのくに ひがしなりごおり けまむら)(現大阪市都島区毛馬町)生まれ。】



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秀句鑑賞-秋の季語: 露(つゆ)

2013/10/10 Thu

October 10 2013

小林一茶

 白露しらつゆやあらゆる罪の消ゆるほど

 季題は露で秋。言わずもがなだが、掲句には仏教の考え方が背景にある。「罪」とは十悪五逆と呼ばれる仏に対する罪。身口意の三業にわたって前世で犯した罪で、薄幸の生を受けるのもその報いであり、現生において善根を積めば罪障が消えて来世では報われるという因果応報の理法である。江戸時代後期の人一茶にも、当然このような考え方はあった。田辺聖子作の小説「ひねくれ一茶」では、掲句が病弱ではかない生涯を終えた一茶の「初恋の人」の墓前に手向けられる。句の挿入が効果的で、読んでジンとくる場面だ。その墓は神奈川県横須賀市浦賀の専福寺に“あった”が、今は不明になっている。当時、浦賀は干鰯(ほしか)で栄え政治上も重要な港町で、江戸にも影響を及ぼすほど俳諧が盛んだった。一茶も何度か足を運んでいる。(渡邊むく)

 【小林一茶(こばやし・いっさ):宝暦13年(1763年)-文政10年(1828年)。長野県北国街道柏原宿(現上水内郡信濃町)生まれ。】



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秀句鑑賞-秋の季語: とろろ汁

2013/10/09 Wed

October 9 2013

小林一茶

 擂粉木すりこぎで蠅を追ひけりとろろ汁

 季題はとろろ汁で秋。句座が終わって、亭主のご内儀が“おらが師匠”一茶先生に振舞うとろろ汁を擂っている。擂り鉢に寄ってくる蠅がうるさい。ご内儀がそれを擂粉木で追い払っているという光景。遠路はるばるお出でくださったお師匠さんをもてなすとろろ芋を一生懸命擂る人と、それを見ている一茶の、蠅に対するそれぞれの思いは同じではない。そこに可笑しみがある。一茶流の感謝の念も看て取れる。所作をしっかり見られていたことのバツの悪さに苦笑しながらも、大切な記念と、ご内儀は句を書にしたためてもらう。参照:田辺聖子作小説「ひねくれ一茶」。(渡邊むく)

 【小林一茶(こばやし・いっさ):宝暦13年(1763年)-文政10年(1828年)。長野県北国街道柏原宿(現上水内郡信濃町)生まれ。】



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秀句鑑賞-夏の季語: 七月

2013/10/08 Tue

October 8 2013

山口誓子

 七月の青嶺まぢかく溶鉱炉

 日本国内にある全製鉄所の半数以上は訪ねた。掲句に初めて触れたとき、この景は北九州市にある製鉄所のものだと思った。句が成立した背景を調べ、その直感が正しかったことを確認した。たまたま勘は当ったが、自分の体験に基づかずとも、掲句は圧巻の近代的な景を想起させる。日本の重工業の礎であったその製鉄所が、アミューズメントパークに生まれ変わって既に久しい。その近くに、今はまだ解体されずに歴史の証人として立っている一基の廃炉。それが掲句の溶鉱炉だろう。(渡邊むく)

 【山口誓子(やまぐち・せいし):明治34年(1901年)-平成6年(1994年)。京都府京都市生まれ。】



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秀句鑑賞-夏の季語: 雲海(うんかい)

2013/10/07 Mon

October 7 2013

福田寥汀

 雲海の声なき怒涛尾根越える

 季語は雲海で夏。今年の春まで勤めていた職場に去年の夏に他部から研修に来ていたS君は、人一倍寡黙な青年だった。趣味を訊ねると山登りだと言う。「こんな山の俳句があるよ」と、その時紙に書いてS君に紹介したのが掲句である。そのS君が、ある日「差し上げます」と一枚のDVDを持ってきてくれた。夏休みに北アルプスの山に登った時のアルバムである。家に帰って開いてみると、アルバムの中には荘厳な夜明けの雲海もあった。登山家でもあった福田寥汀は山の句を多く詠み、「山岳俳句」なる分野を開拓した。(渡邊むく)

 【福田寥汀(ふくだ・りょうてい):明治38年(1905年)-昭和63年(1988年)。山口県萩町(現在の萩市)生まれ。】


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秀句鑑賞-夏の季語: 鮎(あゆ)

2013/10/07 Mon

October 7 2013

尾崎紅葉

 あゆ看るべくながれ聴くべくたにの石

 季題は鮎で初夏。「渓」は「たに」と読むのだと思う。近代俳句の源流は俳諧連歌の発句。今日的史観からは、正岡子規(1867-1902)が提唱し高浜虚子(1874-1959)が発展させたと言えよう。とは言っても、近代俳句にはそれ以外の流れもある。季語を用いて基本的に五七五の十七文字で詠む有季定型句の他に、無季の句、自由律の句などもある。若き子規がホトトギスを起こして月並俳諧革新を唱えた頃、二十代にして既に文豪の名を欲しいままにしていた尾崎紅葉は、子規とは交遊のない世界に有りながら独自に俳諧革命を唱え、「苦吟」を行じていた。虚子は長命だったが、子規と紅葉は三十代半ばの若さで世を去った。虚子のような門弟がいなかった紅葉の運動は近代俳句の「流れ」を作るには至らなかったが。(渡邊むく)

 【尾崎紅葉(おざき・こうよう):慶応3年(1868年)-明治36年(1903年)。江戸芝(現在の東京都港区浜松町)生まれ。】


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秀句鑑賞-秋の季語: 霧(きり)

2013/10/06 Sun

October 6 2013

高浜虚子

 霧いかに深くとも嵐強くとも

 季題は霧で秋。灯台守の半生を描いた映画「喜びも悲しみも幾年月」(木下恵介監督)を思い出す一句だが、映画が作られたのは昭和36年(1961年)。掲句は、虚子が昭和23年(1948年)に観音崎(神奈川県横須賀市)を訪れた時に詠んだ。観音崎灯台に、その年に建立された掲句の碑がある。同年、洋式灯台としては日本で最も古い同灯台の八十周年記念式典が行われ、灯台の所轄官庁となる海上保安庁もその年に設立された。その初代長官大久保武雄(橙青)は虚子の門人。虚子の句碑と並んで、観音崎灯台の百周年を記念して昭和43年(1968)に建てられた「汽笛吹けば霧笛答える別れかな/橙青」の句碑がある。(渡邊むく)

 【高浜虚子(たかはま・きょし):明治7年(1874)-昭和34年(1959)。愛媛県松山市生まれ。】



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秀句鑑賞-春の季語: メーデー

2013/10/06 Sun

October 6 2013

吉田渭城

      メーデーを離れ放浪くせとなる

 メーデーは五月一日に行われる労働者の祭典で“あった”と、今や過去形で語る時代。若き日の作者は、そのメーデーの群衆から一人離れた。それが放浪癖の始まりだったとは、なかなかお洒落な物言い。労働者としてより風雅の道に未来を求めたのだ。作者はその日、花の寺の静かな境内で美しい人と出会ったりはしなかっただろうか。「放浪癖」を、私は“ほうろうへき”ではなく“ほうろう・くせ”と読む。(渡邊むく)

 【吉田渭城(よしだ・いじょう):昭和5年(1930年)生まれ。東京育ち。『冬浪』主宰。加藤楸邨に師事。『月刊俳句界』2012年9月号より。】



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プロフィール

渡邊むく

Author:渡邊むく
職業:産業技術英語通訳・翻訳者。男性。俳句歴:2000年より。(主な発信地:神奈川県横須賀市、静岡県御殿場市)

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